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清和天皇ゆかりの寺「清和院」今の京都御苑の中から移転【京都市上京区シリーズ/西陣・北野界隈シリーズ/京都ツウシリーズ】

清和天皇ゆかりの寺で、元々は御所にあり、今でも御所の東には清和院御門が建っており、今でも清和院の名残をとどめている。また、感応寺の河崎観音堂に祀られていた聖観音菩薩を安置する。

清和院休憩所|見どころ①:歴史を感じる|京都御苑-環境省

変更履歴

  • 2025/12/26:初版


▼HP▼アクセス

公式HP:--
アクセス:京都府京都市上京区七本松通一条上る一観音町428-1

▼見どころ

→由緒

  • 851年、第55代・清和天皇は、現在の京都御苑内東北あたりにある右大臣・藤原良房の染殿邸に生まれる

  • 清和院は文徳天皇が染殿后の請いにより、藤原良房邸内の染殿第の南に仏心院を建て、一演法師作の地蔵菩薩を安置したのが始まり

  • 876年、清和天皇が譲位し、染殿第が御在所になり、皇子親王の住院に定められた

  • 1308年、照空信日が仏心院を勅寺・清和院に改めて再興した

  • 1425年、清和院地蔵堂の参詣について記されている。(『薩戒記』より)

  • 1467年、兵火により以後、衰微

  • 1492年、清和院地蔵堂の再建

  • 清和天皇が清和源氏の祖であったことから、室町将軍足利氏も深く帰依した

  • 1531年、感応寺の河崎観音堂が焼失し、本尊・観音菩薩が当院に遷される

  • 1661年、御所炎上の際に清和院も類焼し、後水尾院と東副門院によって現在地に再興された

  • 御所の東には清和院御門が建っており、今でも清和院の名残をとどめている

  • 聖観音菩薩は、一演法師が創建した感応寺内の観音堂の本尊であったが後に清和院に移された

    1. 洛陽三十三所観音霊場第三十三番札所

  • 木造地蔵菩薩立像@重文で玉眼、極彩色の精緻な鎌倉時代の作

    1. 地蔵菩薩は現在地への移転にあたり,仏心院から本尊として迎えられた

  • 脇には弘法大師・空海作と言われている木造「聖観音立像(河崎観音)

    1. 洛陽三十三所観音霊場第33番札所のもの

    2. 現在九州国立博物館に所蔵されている

→境内

→本堂兼収蔵庫

 筋は閉じられおまえだちがいますね。

左側には不動明王三尊、善財天坐像、大黒さんが安置されていた。

右側には阿弥陀三尊、十一面観音立像が安置されていた。

→爪形天満宮

→本尊は「地蔵菩薩立像@重文」

 鎌倉時代作。染殿皇后が天皇に造立を勧め鞍馬寺(私のNOTE)・毘沙門天の余材により刻んだとか。天皇の身の丈に等しく「玉体地蔵」、また「清和地蔵」とも呼ばれた。
 1661年、御所炎上に際して清和院も類焼。後水尾院中宮・東福門院により現在地移転にあたり、仏心院より本尊として遷された。

▼メディア情報


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