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世継ぎ地蔵2m全身見えん「上徳寺」永観堂を移築!快慶?宮家も参拝【京都ツウシリーズ/烏丸四条五条シリーズ/京都駅周辺シリーズ】

1603年、徳川家康の帰依を得て伝誉一阿が開創し、家康側室・阿茶の局が開基。墓地に阿茶の局の墓がある。本堂は焼失し永観堂祖師堂を移築したもの。境内の世継地蔵に祈願すると良い世継が授かると、子授け、安産、息災祈願の人が絶えない。明治天皇の御生母も厚く信仰し、宮家から供物の供えがあったようだ。通称「世継地蔵」「京のよつぎさん」とも呼ばれている。

2023年3月19日まで非公開文化財特別公開が開催され、本堂内や客殿庭園、そして世継地蔵見仏できたよう

 永観堂のお堂を移築!私のNOTEはこちら!!


変更履歴


▼HP

▼アクセス

京都府京都市下京区本塩竈町556

▼祭神・本尊と脇時

世継ぎ地蔵菩薩

▼見どころ

2023/10/14

→歴史

  • 1603年、徳川家康によって建立

  • 徳川家康の側室・阿茶局(あちゃのつぼね)の菩提寺

  • 阿茶局は戦場にも出ていくもので戦後交渉もできる存在だったとか

  • 世継地蔵菩薩で有名で、ここで参ると世継ぎを頂けるとか

  • 明治天皇の母もこのお地蔵に願い明治天皇を授かった

  • 2月8日の祭祀は護摩供養で多くの参拝者で賑わう

  • 世継地蔵は過去の火災時の跡が残っており、特別参拝時は横から見仏できる

  • 世継地の全体を見ることができるのは特別内陣公開のみとなっている

  • 本堂は明治の初めに永観堂を移築したお堂である

  • 家康は建立にあたり、鞭崎八幡宮・安阿弥快慶作の阿弥陀如来を本尊とした

  • 庭が見られる部屋には円山派の襖絵、円山応挙の掛軸もある

 徳川家康側室「阿茶局」の菩提寺で、京の世継ぎさんで親しまれている。

阿茶局
 
武田家の家臣の子として甲府に生まれ。一度結婚しますけれど、夫は戦死。その後、家康の目に止まり側室となりました。
 家康の側室の一人でありながら、高い政治的思考能力と知能で徳川幕府の参謀を担ったといわれている。エピソードとして、家康の子を産む事は出来なかったのだが、家康が残した遺言の中に「私が死んでも、仏門には入らずに息子・秀忠を補佐してやってくれ」とあったとか。なぜなら、豊臣と徳川の和睦に向かい落としどころをつけた実力の持ち主なんだそうな。

2023/4/22

→山門

2023/10/14
2023/4/22
2023/4/22

 山門前には「阿茶の局墓所」の碑。阿茶の局は1637年に83歳で逝去したとされ、京都では上徳寺、江戸では雲光院が菩提寺となっている。山門をくぐると、右手に石碑がある。江戸時代の俳人「堀内雲鼓」の詠んだ句とのこと。

2023/4/22

→本堂、快慶作「阿弥陀如来立像」

 永観堂のものが移築された本堂!本尊は「阿弥陀如来像」が安置されている。

2023/4/22
2023/4/22

 1753年建立の永観堂の祖師堂を移築し、滋賀・鞭崎八幡宮から移したと伝わる「阿弥陀如来像」が安置されている。残念ながら、拝観できなかったので境内の説明から。
 快慶が編み出した三尺阿弥陀っぽいな~。滋賀で八幡か・・快慶や肥後定慶などの可能性もあるかも。と境内のメディア情報が貼ってあって、興味が沸いた。

2023/4/22
2022年 国の重要文化財に格上げ

 本尊・阿弥陀如来は非公開で、一般の拝観には対応していないよう。ただこっそり開催されるときがあるようだ。是非、見仏したい・・快慶かも・・?(2023年10月公開されましたので後述します。)
 『後鳥羽天皇の時代、木曾義仲による進軍に苦しむ近江の国主が八幡宮に参籠して祈ったところ、八幡神があらわれ、西方極楽浄土の教主である我を彫刻するよう告げた。国主は仏工安阿弥を呼び、安阿弥も八幡宮に参籠したところ、光明の中に西方の三尊があらわれ、これを写して彫刻した。人々は歓喜し、再びこの地が治まった。時を経て、慶長8年、徳川家康が鞭崎八幡宮に参詣した際にこの縁起を聞き、中尊を乞い求めて上徳寺に寄付をした』

②木造・阿弥陀如来立像
【所有者】宗教法人 上徳寺
(京都府京都市下京区富小路通五条下る本塩竈町 556)
【法 量】像高 97.3 ㎝
通例と異なり左手の肘を曲げ、右手を下げる、いわゆる逆手の印相になる阿弥陀像で、深く自由な衣文の彫り口や張りのある肉付けより 13 世紀前半の製作とみられる。下半身の V 字を重ねる衣文は印相とともに中国・宋時代の画像から採り入れたもので、鎌倉時代に奈良で活動した善派仏師の作例にままみられ、同派の仏師により造られたとみられる

https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/93793501_03.pdf
16ページから引用

 次のHPに写真も含めて書かれているのだが、結構、目線が見下ろし系で手前を見ていることから、高いところに安置され近くで拝むデザインに感じるな。

 2023年10月14日と15日、「京都浄土宗寺院公開」で本堂内公開!!写真OKです!!ではどうぞ!!!!
 人が多いので載せる写真は少なめです。

2023/10/14
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 堂内外陣からのみですが写真OKなので外陣を写真で。そう

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2023/4/22

→本堂左「客殿」

 本堂の南側にある。江戸後期の円山派の絵師による襖絵があるようで、紅葉や桜が描かれているそうな。

2023/4/22
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→身代わり地蔵堂

 本堂左手にはあり、災難や病気の身代わりとなり守ってくれるとか。人は死ぬと六道のいずれかに行く。観音は相手により姿を変え救うのだが、この地蔵菩薩はどんな人も救ってくれる仏像でもある。

2023/4/22
2023/4/22

→地蔵堂、世継地蔵菩薩

 江戸時代から、子授けや安産にご利益があるといわれ、「世継ぎさん」と親しまれている。そう!この石仏地蔵なんですが、デカくて厨子に収まっていないんですよね・・。

2023/4/22

 「世継地蔵」の由縁は江戸時代初期。後継ぎの子宝に恵まれるよう毎日祈願していた女性が、7日目の夜にお地蔵さんの御告げを受けて、石の地蔵菩薩像をつくる。さらに祈願を続け参拝したところ、子どもを授かり家が栄えたことから「世継地蔵」とよばれるようになったとさ。

2023/4/22
2023/4/22

 2月に行われる「世継地蔵尊大祭」があります。

 2023年横から全体像が見える特別公開がありました!!見逃しましたがね・・・。行かなかったのを後悔・・・・。

上徳寺は側室・阿茶局と泰栄院の菩提を弔うために、徳川家康が建立した。通称「京のよつぎさん」と呼ばれ、子授け、安産、息災のご利益で篤い信仰を集める。今回は地蔵堂の内部に入り、2㍍ある石仏を間近に拝むことができる。また本堂では、家康と二代将軍・秀忠、阿茶局の肖像画などの寺宝も特別展示する。

↓引用元

 地蔵堂背後には説明書きや「XX地蔵」があるので、そちらも忘れずに。

2023/4/22
2023/4/22
  • 1656年、清水氏が一子を失い世継ぎに恵まれますよう祈願する

  • 7日目の夜に、「われを石に刻み祈願せよ」と地蔵菩薩が告げる

  • 従うと成就したので、地蔵堂を設ける

  • そこから「世継ぎ地蔵」となる

  • それが広がり今に至る

→地蔵菩薩の解説

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→歯固め地蔵

 地蔵堂の周辺には「XXX地蔵」が並んでいる。

2023/10/14
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→延命地蔵大菩薩

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 3周時計回りに回って願う!!

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→歓喜天×地蔵菩薩??

2023/4/22

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