瓦屋寺別院の鎮守社「松尾神社」聖徳太子によって創建【滋賀湖東シリーズ】
近江鉄道の八日市駅すぐ近くにある神社。聖徳太子によって創建されたと伝わる古刹「瓦屋寺」の別院であった延命山尊勝寺の鎮守社であったとされていて、平安時代初期には建御雷神(たけみかづちのかみ)を祀っていたんだとか。
聖徳太子が市場を開かれたときより鎮座されたと伝えられ、当時祭神は、大国主命と伝えられる。昔この地に南都東大寺に属する正社山尊勝寺があり、当社はこの寺の守り神として尊崇され、社僧が常に奉仕し、祭儀も盛大であったといわれている。永禄十一年夏信長の佐々木攻めの時、兵火を受けた尊勝寺の衰退とともに、神社の維持困難となり、宝暦五年神祇官白川伯王家染筆の神額と同時に御沙汰書を下付され、山城国より松尾神社の御分霊を勧請されて、それより松尾神社と称される。明治九年村社に列し、同四十二年神饌幣帛料供進指定となる。
こちらは滋賀県東近江市です。京都の松尾大社は次です!
変更履歴
2023/11/05 初版
▼HP なし
▼アクセス
滋賀県東近江市八日市松尾町2-3
滋賀県東近江市八日市松尾町3番13号
▼祭神
オオヤマグイ
▼見どころ
参道から時計回りに摂社・末社、拝殿・本殿を回ります。





拝殿と本殿です。





拝殿から左に行くと石の庭園のような感じですね。拝殿と庭園から寺だなと思ってしまう。これは、安土桃山時代に造られた枯山水庭園で、都を追われた足利将軍を迎えるために造ったという言い伝えがある。



巨石を組んだ桃山時代初期の「松尾神社庭園」は、土盛りと石だけで造られた枯山水庭園。佐々木義賢が室町幕府将軍・足利義昭を迎える為、作庭するために作庭したとされ、福井・一乗谷にある石庭と歴史的背景や様式、手法など類似点が多く見られるようです。

社務所には御朱印は提供しない旨の説明があった。



向こう側に稲荷社がありますね。


おもかる石??

そのまま本殿に向かう道がありますね。












主祭神は松尾大社と同様にオオヤマグイでイチキシマとサルタヒコも祀っているようだ。場所的に「日吉大社」なんじゃないかと思っていたが、そのことも書かれていますね。もしかしたら、比叡山と神仏習合していた日吉大社よりも松尾大社の方が権力者(武士)に目をつけられないよねと松尾敬に鞍替えしたのではないかと思っている。同じ神様だ!記紀にも記載があるし~と。

聖徳太子によって創建されたと伝わる古刹「瓦屋寺」の別院であった延命山尊勝寺の鎮守社であったとされ、平安時代初期には建御雷神(タケミカヅチ)を祀っていたんだとか。って「勝」ということからか??


摂社・末社に行きます。事平神社です。聖徳太子が市場を開いたときより鎮座していたと伝わり、主祭神はオオクニヌシだったとも。信長の兵火で衰退し、新たに宝暦五年山城国松尾神社の分霊を勧請し、松尾神社と称した説がある。




最後に本殿方面を振り返る。江戸時代後期の本殿、拝殿ですね。





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