平等院鎮守社or宇治神社の末社?「縣神社」藤原氏と誠→コノハナサクヤヒメ? 【京都宇治シリーズ】
「あがた」と呼び、平等院の鎮守社である。宇治平等院の南門から東に200mに鎮座。祭神は「木花開耶命(コノハナサクヤヒメ)」で、1052年に藤原頼道の平等院建立にあたり同院総鎮守となり藤原氏の繁栄を祈誓した。毎年6月5日に行われる県祭りは5日の深夜から6日の未明まで周囲の灯りを消した状態で一晩中行われるので「暗夜の奇祭」とも呼ばれている。
一方、宇治神社は、「縣神社は宇治神社の末社であり宇治神社の一部として存在している神社である」と考えているそうな。縣神社は「コノハナサクヤヒメを祭神とした独立した神社である」と考えていることに対し、宇治神社は「縣神社は宇治神社の祭神・菟道稚郎子命(ウジノワキノイラツコノミコト)の母神・宮主矢河枝比売命(ミヤヌシヤカワエヒメノミコト)を祀る末社である」とする。
てな感じで、仲違いした・・・・・。。。宇治を代表する神社仏閣の謎解きがここにある。

変更履歴
2025/01/18:初版
▼HP
▼アクセス
京都府宇治市宇治蓮華72
▼祭神・本尊と脇時
※後述「▼見どころ」参照
▼見どころ
→由緒
「あがたさん」として親しまれている
祭神は「木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)」で、地主神として信仰されていた
「縣」の名は、朝廷の地方行政区分のひとつである縣(あがた)に由来する説とコノハナサクヤヒメの別名である「吾田津姫(あがたつひめ)」からついたという説がある
975年、平安時代には藤原道綱の母が記した『蜻蛉日記』に「あがたの院」に詣でたことを記している
1052年、平等院(私のNOTE)を建立する際に総鎮守とした
明治までは三井寺(私のNOTE)の円満院(私のNOTE))の管理下にあったが、神仏分離令により独立
なぜ滋賀の名刹が管轄したかは、平等院の開山が三井寺の明尊上人だった関係なんだそうな
現社殿は1936年に造営されたもの
境内に入って左手にある県井戸は、和歌の歌枕に使われる県井と言われている
毎年6月5日から6日の未明にかけて行われる県まつりは「暗夜の奇祭」といわれ、宇治を代表する祭
公式サイトに詳細な由緒があります。
→縣神社の鳥居


扁額には「縣神社」の文字が刻まれており「誠」とも書かれている。もしや新選組???

→境内







→拝殿・本殿









→天満社(天神社)

→稲荷社

▽大幣神事
▽闇夜の奇祭「縣祭」
江戸時代に始まったといわれる祭りで、毎年6月5日の夜から6日の未明にかけて行われる事から「暗夜の奇祭」という別名を持つ。神が乗るとされる「梵天」を神輿に乗せて練り歩くよう。
もともと梵天は、宇治神社にある御旅所を出発し、縣神社で「神移し」を行って宇治神社へと巡行して戻ってくる「還幸祭」だったようだが・・・
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
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