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★秘仏公開★開創1150年記念 特別展「旧嵯峨御所 大覚寺―百花繚乱 御所ゆかりの絵画―」in東京国立博物館

 これを読んで行けば1.2倍楽しさ倍増するかもしれません。
 大覚寺は天皇家とも縁の深い京都を代表する名刹「大覚寺(公式HP)」の特別展!皇族が繋がりが強い「門跡」です!!

大覚寺とは?
平安初期、嵯峨天皇が檀林皇后とのご成婚の新室である離宮を建立されたが、これが大覚寺の前身・離宮嵯峨院である。 嵯峨院が大覚寺となったのは、皇孫である恒寂入道親王を開山として開創した貞観18年(876)である。
(中略)

大覚寺公式HP:https://www.daikakuji.or.jp/about/

 京都西北に位置する嵯峨さがは、古くより風光明媚な王朝貴族遊覧の地として愛されてきました。平安時代初期、嵯峨天皇(786-842)はこの地に離宮・嵯峨院を造営し、空海(774-835)の勧めで持仏堂に五大明王像(現存せず)を安置します。その後、貞観18年(876)に皇女・正子内親王まさこないしんのうの願いにより寺に改められ、大覚寺が開創されました。
来たる令和8年(2026)、開創1150年を迎えるのに先立ち、優れた寺宝の数々を東京国立博物館で一挙にご紹介します。なかでも、寺内の中央に位置する宸殿しんでんは、元和6年(1620)に後水尾天皇ごみずのおてんのうへ入内じゅだいした和子まさこ(東福門院とうふくもんいん)の女御御所を後に移築したものと伝えられ、内部を飾る襖絵や障子絵などの障壁画は、安土桃山~江戸時代を代表する画家・狩野山楽かのうさんらく(1559-1635)の代表作として重要文化財に指定されています。本展ではこれらのうち120面を超える障壁画のほか、信仰の歴史を物語る歴代天皇による書や、平安時代後期の仏像を代表する明円みょうえん作「五大明王像」など、密教美術の名品も公開します。

開創1150年記念 特別展「旧嵯峨御所 大覚寺 -百花繚乱 御所ゆかりの絵画-」/2025年1月21日(火)~3月16日(日)/東京国立博物館 平成館(上野公園)

大覚寺に行く方は私のNOTEもどうぞ!

変更履歴

  • 2025/03/03:初版


▼HP▼アクセス

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼展示会

→見どころ

 公式HPより

  • 華やかな障壁画100面、一挙公開

    • 大覚寺には安土桃山~江戸時代に制作された約240面におよぶ襖絵や障子絵などの障壁画が伝来しており、これらは一括して重要文化財に指定されています(重文指定116面、附124面)。

    • 現在14か年にわたる大修理の途中ですが、本展では修理を終えたものを中心に、前後期併せて123面(前期100面、後期102面)を展示します。

  • 歴代天皇による優美な書の数々

    • 鎌倉時代後期、天皇家が2つに分かれた際の大覚寺統(後の南朝)の本拠となった

    • 中興の祖・後宇多法皇ごうだほうおう(1267-1324)をはじめ、ゆかりの深い歴代天皇の書(宸翰しんかん)を紹介

  • 天皇家ゆかりの「五大明王像」初めて5体そろって登場

    • 平安時代後期の仏像の最高傑作のひとつである、明円作「五大明王像」(本尊)を、初めて5体そろって東京で公開

  • 非公開「正寝殿しょうしんでん 御冠おかんむりの間ま」を会場内に再現

    • 通常非公開の重要文化財「正寝殿(客殿)」のうち、歴代門跡の執務室であった「御冠間」を展示室内に再現

    • 後宇多法皇が院政を敷き、元中9年(明徳3年、1392)には南北朝講和の舞台になったとも

→門跡って?

→第1章 嵯峨天皇と空海―離宮嵯峨院から大覚寺へ

なるほど~宝物館の仏像をそのまま持っていきましたという感じに見えるな~。

https://tsumugu.yomiuri.co.jp/daikakuji2025/img/list_jp.pdf?250109
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/daikakuji2025/img/list_jp.pdf?250109

不動明王を中心に5体の明王から成る五大明王。京都の上級貴族の仏像制作を担った円派を代表する仏師・明円が制作した。天皇家ゆかりの仏像で、整った顔立ちや柔らかな体つきには気品があふれ、貴族好みの洗練された美しさを表わす。

章構成/特別展「旧嵯峨御所 大覚寺 -百花繚乱 御所ゆかりの絵画-」

明円
法橋まで上り、南都焼打ち後の復興で、興福寺金堂の造仏を手がけた円派仏師の中心人物の一人。
系譜は長勢-賢円-忠円-明円。

私の大覚寺NOTE

私のNOTE:宝物館
 そして、本来の本堂に安置される本尊・五大明王@重文が安置されていた。
 五大明王は、左から大威徳明王、軍荼利明王、本尊・不動明王、降三世明王、金剛夜叉明王となっている。平安時代作で、仏師は明円となっている。
 大覚寺の五大明王が明円作で残る唯一の遺作で、東寺講堂の五大明王像を手本としたとされる。この中の金剛夜叉明王像と軍荼利明王像との台座裏に制作時を墨書した銘があり、制作場所が七条殿御所と記されているそうな。 
 そして、この明円没後に円派は衰退したとする専門家もおり、個人的には京都・公家などは快慶に持っていかれたのかなとも妄想する。

 さて、この本尊は小さいためか安置場所が大事そうに感じないのだが、目立つところに大きな五大明王が安置されている。5体中3体が室町時代の重要文化財で、残念ながら2体は江戸時代のものらしい。この怖い不動は疫病退散!を願うものである。なぜなら、疫病は当時では祭祀・天皇の不徳の致すところだったらしい。
 大威徳明王@重文は顔が吉野・蔵王権現を彷彿とする顔で、ポーカーフェイスの牛に乗っかっている。次に、軍荼利明王@重文もよい感じで、中尊の不動明王坐像@重文は面白い・キュート系の頭が大きめの明王である。言うことを聞かない人に大日如来がコワモテ顔の不動明王に変身し、説法を試みるが、あっ!御免人違い!という感じの票中である(自分でも意味不明)。ちなみにこの不動明王の後輩には火の鳥の顔が隠されている。これは煩悩を燃やすという意味がある。
 最後に江戸時代の降三世明王、金剛夜叉明王と続くが、江戸時代と言われなかったら鎌倉時代?と思う人も多いかと。
 宝物館一番奥には五大不動明王以外が安置されていた。まずは密教の古寺と言えば「愛染明王坐像」で3体安置されていた。あとは毘沙門天立像でここまでは3尺未満である。最後に十一面観音立像でこれは聖天堂に安置されていたものかも。

私の大覚寺NOTE:https://note.com/yanma_travel/n/n01504182eba5

→第2章 中興の祖・後宇多法皇―「嵯峨御所」のはじまり

→第3章 歴代天皇と宮廷文化

→第4章 女御御所の襖絵―正寝殿と宸殿

▼オマケ

▼過去のトーハク

2024年:★京都纏め★京都・鷹峯!本阿弥光悦とは?東博の特別展×紅葉巡り

2024年:★仏像展★世界遺産『建立900年「中尊寺金色堂」』奈良/京都満載『本阿弥光悦の大宇宙』in東京国立博物館

2018年:特別展 京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ

2018年:仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-

2017年:興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」


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