日本三大稲荷!霊狐塚「豊川稲荷(妙厳寺)」神仏習合!【愛知シリーズ/三河シリーズ/名古屋シリーズ】
日本三大稲荷なので神社と思っていましたが、正しくは「妙厳寺」で寺です。秘仏「豊川吒枳尼真天(だきにしんてん)」は、稲穂を担いだ姿などから、一般には「豊川稲荷」の名で呼ばれるようになった。
豊川稲荷には、1000体の狐の石像が並ぶ霊狐塚が有名で、撫でると福をもらえる「おさすり大黒天」、打ち出の小槌を振りながら大黒天にお参りできる「景雲門」など見どころが多い。
2026年も出します!
2026年
72年ぶり「豊川稲荷 御開帳」開催決定!〜時代を超えて、縁を繋ぐ〜
豊川稲荷(圓福山 妙厳寺:愛知県豊川市豊川町1番地は)、午年にあたる令和8年(2026年)11月1日(日)〜11月23日(月)に秘仏 鎮守・豊川吒枳尼真天の「御開帳」を開催します。
(中略)
【本殿創建100年に向け、72年ぶりの御開帳】
豊川稲荷は正式名を「妙厳寺」と称し、山号を圓福山とする1441年に開山された曹洞宗の寺院です。本殿にて祀られているのは鎮守・豐川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)で、稲穂を荷い、白い狐に跨っていることから、 いつしか「豊川稲荷」「お稲荷さん」が通称として広まり現在に至ります。
豊川稲荷象徴の一つである現在の本殿は、昭和5年(1930年)に創建され、当時多くの職人が現在の豊川の地に移り住むなど、本殿建設に伴い関係人口が増加し、地域経済の発展に大きく貢献しました。
ここで「お稲荷さん」「稲荷信仰」について整理をすると2種類の系統がある。
京都・伏見稲荷大社(私のNOTE)を総本社とする「ウカノミタマ」を祭神とする神社系
愛知・豊川稲荷を総本山とする「荼枳尼天」を鎮守とする寺系で、稲荷信仰と仏教が神仏習合したもの
▽2026/11/1-11/23:72年ぶり「豊川稲荷 御開帳」開催決定!〜時代を超えて、縁を繋ぐ〜 | 宗教法人妙厳寺のプレスリリース
変更履歴
2025/09/11:初版
▼HP▼アクセス
公式HP:https://www.toyokawainari.jp/
youtube:https://www.youtube.com/@user-nd4qd5lp2b
▼祭神・本尊と脇時
千手観音
▼見どころ
→創建と歴史
鎌倉時代、順徳天皇は承久の乱で鎌倉幕府と対立して負け、24歳で佐渡島に流された
天皇には「寒巌義尹(かんがんぎい)」という5歳の子どもがいた
寒巌は比叡山(私のNOTE)で出家する
そして曹洞宗の開祖・道元を京都宇治・興聖宝林寺に尋ね、弟子となって修行を始めた
寺が比叡山などからの弾圧を受け、道元は永平寺(私のNOTE)を開創するのだが、寒巌も一緒に移り住む
その後、寒厳は2度にわたって中国に出向く
寒厳が2度目に中国に渡った帰りに、海の上に白いキツネに跨った女神が現れて「オンシラバッタニリウンソワカ。われは吒枳尼眞天(ダキニシンテン)なり。私の教えを守れば、苦しいことも悲しいことも、必ず喜びに変えましょう。疑うことなかれ」と言って消えたそう
寒巌は、女神の木彫の仏像を作り、持ち帰った千手観音、吒枳尼眞天像と一緒に、九州博多の聖福寺に祀る
その後は、熊本に移り「大慈寺」を開創し没する
1441年、三河出身で、遠江の曹洞宗「普済寺」の僧が九州に行き、吒枳尼眞天と千手観音を持ち帰り、千手観音を本尊に吒枳尼眞天を守り神として、豊川の地に小さな寺を作る
寺の名前は、寒厳から一文字を取り、仏様の知恵を意味する「妙知力」の妙を合わせて名付けられた
今川義元、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など、歴代の武将にも崇敬されてきた
江戸時代には稲荷信仰がブームになり信仰が広がる
商売繁盛や家内安全、五穀豊穣、福徳開運の神として吒枳尼眞天が注目され、稲荷さんとして全国に知られていく
大岡越前守忠相は、江戸の自邸の庭に吒枳尼眞天を迎え祀り、それが今、東京赤坂にある豊川稲荷東京別院の起源となっている
豊川稲荷では2030年、100年ぶりとなる吒枳尼真天の御開帳が計画されている

豊川稲荷は神社ではなく妙厳寺というお寺です~それがなぜ稲荷となっているのか - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

→総門
開創から214年後の1656年に改装された。 現在の門は1884年4月、当山29世・黙童禅師によって改築されたもの。






→鎮守堂







→鐘楼堂
豊川稲荷大本殿の落慶を記念して、松市太々講の寄進によるもの。

→山門
1536年、今川義元が寄進した建物で、現存する中で最古の建物。

→最祥殿
→参道:豊楽殿/御輿殿












→豊川稲荷大本殿




寒巌義尹がご感得、ご自作の端麗妙相をそなえられる通称「豊川稲荷」と呼ばれ、豐川吒枳尼眞天を安置する、全国の御信者の信仰の中心である御祈祷の根本道場である。


明治の神仏分離令を寺院として乗り切るべく、本尊・千手観音としている。キツネ姿に象徴される「豊川いなり」は「吒枳尼眞天」として祀っている。








奥之院方面へ!

奥の院から帰り道!








→ご本殿から狐塚へ!!雲殿



→法堂・位牌堂





宝雲殿は十三尊仏を祀り檀信徒各家の先祖諸精霊牌を安置し、供養の法要を行う。
→三重塔




→禅堂
1863年9月に建立された間口十三間(19.9メートル)、奥行七間(14.5メートル)の構造。













→弘法堂
昭和5年春に改築したもので、伝にいう御自作弘法大師をお祀りしている。



→大黒堂
土蔵造りのお堂で、その前に立っている2体の大黒天は、「おさすり大黒天」として知られている。








→霊狐塚
もとは納めの狐像を祀る場所でしたが、祈願成就の御礼として御信者の奉納された大小、多くのお狐さんがお祀りされており、その数はおよそ一千体にものぼります。



























→奥の院/納付堂
1814年の建築で、昭和5年の大本殿の新築に伴い、旧本殿の拝殿を奥の院拝殿として移築したもの。









納付堂へ!







→景雲門
奥の院参道の中間にあり、1858年の創建で、旧奥の院拝殿を昭和5年の大本殿の御開帳に際し、現在地に移転し「景雲門」と名付けられました。





→千本幟
本殿から奥の院参道、裏門にかけてぐるりとはためく幟は全国より参拝にみえた御信者方が奉納されたもので、その数の多さから通称千本幟と呼ばれている
→参道の店など

















▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記▼セットで行くところ
◆愛知⑦◆豊川と岡崎の神社仏閣と名古屋港水族館【愛知シリーズ/三河シリーズ/名古屋シリーズ】|やんまあ@旅行記
未来の旅行記は次に記載されていきます。
愛知の神社仏閣は次のマガジンに追加していきます。
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