京都天王山「山崎の戦い」444年特別開扉!秀吉の本陣・宝積寺から聖天信仰まで大山崎を歩く◆京都大山崎①大阪キタ⑨◆
京都と大阪の境にそびえる天王山。ここは1582年、羽柴秀吉が明智光秀を破り、天下取りへ大きく前進した「山崎の戦い」の舞台です。今回は、その決戦から444年を記念して宝積寺で開催された特別イベント「天王山に響く鼓動 ~秀吉・家康天下取りへの道~」へ。普段は非公開の重要文化財特別開扉に加え、秀吉ゆかりの宝積寺、山崎聖天、古社や史跡を巡りながら、京都と大阪の県境に眠る歴史ロマンを歩いてきました。今回のNOTEは写真中心で、天王山・大山崎の空気感をゆるくお届けします。
具体的には次の観光スポットを周っています。
アサヒグループ大山崎山荘美術館 → 宝積寺への近道 → 宝積寺(444年特別開扉・イベント) → 旧参道(不動尊参道) → 観音寺(山崎聖天) → 大山崎瓦窯跡 → I♡Yの椋 → 西観音寺閻魔堂址 → 椎尾神社 → 関大明神社 → 離宮八幡宮

京都・大山崎の宝積寺で開催された 「天王山に響く鼓動 ~秀吉・家康天下取りへの道~」 に行った。444年前、天正10年(1582)6月13日に起きた山崎の戦いを記念し、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)が明智光秀を破って天下統一へ大きく前進した歴史的転換点をテーマにしています。山崎の戦いは、本能寺の変のわずか13日後に起こり、日本史でも屈指のスピード決戦として知られます。イベントでは、甲冑劇や武将隊による演武、和太鼓演奏、歴史講演などが行われ、戦国の熱気を体感できる内容でした。さらに普段は非公開の重要文化財・三重塔内部や閻魔堂収蔵坐像の特別公開も実施され、歴史ファン・寺社ファンには見逃せない催しとなりました。宝積寺は秀吉ゆかりの寺としても有名で、「一夜の塔」や「出世石」など戦国ロマンあふれる史跡が点在。天王山を訪れるなら、歴史の息吹を肌で感じられる特別な場所です。
この旅行記の神社仏閣は写真中心です。神社仏閣の詳細はもうひとつのNOTEを参照ください。
赤の矢印が「アサヒグループ大山崎山荘美術館 → 宝積寺への近道 → 宝積寺」の裏ルートです!!

それ以外は次のルートです。
▼ルート&見どころ
▽2026年06月13日(土):
#アサヒグループ大山崎山荘美術館
京都と大阪の境、天王山の麓に佇むアサヒグループ大山崎山荘美術館は、歴史ある洋館と現代建築、そして豊かな自然が織りなす特別な美術館です。大正〜昭和初期に建てられた英国風山荘の優雅な空間に加え、安藤忠雄設計の「地中の宝石箱」では、クロード・モネの《睡蓮》が静かに迎えてくれます。約5500坪の庭園では四季折々の花々と絶景が広がり、テラスから眺める三川合流の景色も格別。アート、建築、自然を一度に味わえる、大人の贅沢な癒やしスポットです。
12名乗りのバスが阪急・JRの駅⇔美術館を走っています。10:00開館ですね。ここ周辺の神社仏閣とセットで行くなら、スタートはココが良いです。歩くと急な坂をのぼりつづけます。


開館時間前に、この後に記載する「宝積寺」で御開帳です!と説明がありました。後ほどグーグルマップも知らない近道があります!!








鑑賞して、近道を探すが無い・・。


#宝積寺の近道
トンネル手前の坂をさらに上ります!!バスで来たら、トンネルを潜らずに坂を登ります。翌日、脹脛が筋肉痛になります。


あっ、右側に山崎聖天への近道もありますね。

さらに上ると行き止まりかなと思わせつつ、左に小径があります。





右が山登りで、左が寺です。

#宝積寺 「聖武天皇の"打出と小槌"秀吉の本陣!三重塔を一夜で作り"出世石"から絶景」京都府乙訓郡大山崎町銭原1番地
天王山の中腹に静かに佇む宝積寺(宝寺)は、歴史ロマンと絶景が同時に味わえる大山崎屈指の名刹です。聖武天皇の勅願で行基が開いたと伝わり、国の重要文化財である三重塔や十一面観音、迫力満点の閻魔王像など見どころが満載。豊臣秀吉ゆかりの「一夜の塔」や出世石もあり、戦国好きにもたまりません。境内からは三川合流を望む美しい景色が広がり、春の桜や秋の紅葉は格別。福徳を授ける「打出」と「小槌」でも知られ、歴史・ご利益・絶景を一度に楽しめる特別なスポットです。


まずは宝物館です。


本堂内です。写真NGですが、住職に聞いたら自分が居るのでOKとのこと!有難うございます。




清水寺式千手観音立像ですね。

秀吉が一晩で造った塔を見た出世石。特別に座らせていただきました。








詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
「天王山に響く鼓動 ~秀吉・家康天下取りへの道~」 と観音寺へ!
お腹が減ったのでお祭りの出店でランチ。




大山崎山荘美術館への近道で戻って山崎聖天こと観音寺へ!!





この写真は、天王山の山中に残る旧参道(または修験道・巡礼路の一部)と思われる石段です。左の石柱には 「不動尊参道」 と刻まれており、かつてこの先に不動明王を祀る堂宇や行場があったことを示しています。
石段は苔むし、落葉に覆われながらも往時の石積みが比較的しっかり残っています。これは単なる山道ではなく、信仰のために整備された正式な参詣道だった可能性が高いです。こうした急峻な石段は、修験者や参拝者が心身を清めながら登拝する“結界”の役割も担っていました。

「入山禁止」「はいらないでください! 神照院」 の看板から、現在この参道は立入禁止になっていることが分かります。この風景は、かつて人々の祈りで賑わった聖地が静かに眠る“廃参道”ともいえる姿で、天王山に刻まれた信仰の歴史を今に伝える貴重な痕跡です。どこか神秘的で、時間が止まったような空気を感じさせます。


西山は竹林の名所でもあります。まあ~嵐山から山沿いに南に行けば竹っています!?そして、熊は出ないよな~とビビりつつ景色が広がる場所に到着したのでプチ休憩。

なるほど向こう側は男山だと思います。そう「石清水八幡宮」ですね。石清水八幡宮は下鴨神社・上賀茂神社と同じく二社制でした。興味のある方は次の2つをどうぞ!
ということでしばらくすると着きますが、落ち葉などで早く歩けなかったので400mが長く感じます。

#観音寺 ( #山崎聖天 )「住友家、鴻池家、三井家などの巨大商人が参詣!通称"山崎の聖天さん"」京都府乙訓郡大山崎町大山崎白味才62
天王山の麓に静かに佇む観音寺(山崎聖天)は、知る人ぞ知る祈りの聖地です。歓喜天(聖天)信仰で知られ、商売繁盛・夫婦和合・財運招福のご利益を求めて多くの参拝者が訪れます。深い緑に包まれた境内は、俗世の喧騒を忘れさせる神秘的な空間。かつて山中には修験道の名残を伝える参道や石段も残り、天王山に息づく信仰の歴史を感じられます。歴史ロマンと静寂、そして強い霊気に触れられる、大山崎の隠れた名所です。















詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
861年(平安時代): 嵯峨天皇の伽藍建立の遺志を継いだ大安寺(私のNOTE)の僧・千観(せんかん)内供により、十一面観音を本尊として開山される。当初は「妙音山 観音寺」として、仏法守護の道場となった。
1582年: 「山崎の戦い(天王山の戦い)」の際、戦火に巻き込まれ、本堂や数ある伽藍のほとんどを焼失してしまう。
1680年代〜(江戸時代): 歓喜天(聖天)への信仰が篤かった徳川第5代将軍・徳川綱吉の母である桂昌院の熱心な帰依を受ける。桂昌院の執奏と、江戸の豪商らの多大な寄進(黄金数百両など)により、本堂や聖天堂などの諸堂宇が次々と再建・整備され、現在の神仏習合の美しい景観の基礎が作られた。
1687年: 高野山の木食以空上人が、当寺の歓喜天(聖天)の霊験を天下に広め、この頃から「山崎聖天」として大坂や京都の商人たちから商売繁盛の神として爆発的な信仰を集めるようになる。
1864年: 幕末の「禁門の変(蛤御門の変)」に伴う山崎の戦火により、山門や一部の建物を残して再び主要な堂宇を焼失する苦難に見舞われる。
明治時代以降: 廃仏毀釈の嵐を乗り越え、本堂や歓喜天堂などが順次再建。神仏分離令を経てもなお、鳥居と山門が共存する江戸時代の「聖天信仰」の形を現代にそのまま伝えている。
#大山崎瓦窯跡 :京都府乙訓郡大山崎町大山崎永福寺29−1





次の場所へ徒歩
看板があります。狭い道が正解です!!


#I ♡Yの椋muku:大阪府三島郡島本町山崎5丁目6−33


詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#サントリー & #西観音寺閻魔堂址



詳細は割愛しますが、この京都の西側には「西観音寺」が中心にありました。諸事情で廃寺になり、そのお堂や仏像は前述した神社仏閣に遷されています。そして、それを見守り続けた産土神であり、サントリーも大事にしている神社があります。そこに向かいます!!


#椎尾神社 「サントリー山崎蒸溜所の敷地奥/山崎の歴史が詰まった産土神」大阪府三島郡島本町山崎5丁目1049
サントリーの名作ウイスキー「ローヤル(Royal)」の特徴的なボトルの栓(キャップ)の形は、なんとこの椎尾神社の鳥居の形(明神鳥居)をモデルにデザインされたものです。創業者・鳥井信治郎の、神社と山崎の水への深い感謝がボトルに刻まれています。


天王山の麓、豊かな自然に抱かれて鎮座する椎尾神社は、静寂の中に古の信仰を今へ伝える歴史ある神社です。周辺は古くから交通の要衝として栄え、戦国時代には山崎の戦いの舞台となった地でもあります。木々に包まれた境内はどこか神秘的で、澄んだ空気が心を穏やかに整えてくれます。春の新緑、秋の紅葉も美しく、季節ごとに異なる表情を楽しめるのも魅力。歴史ロマンと自然の癒やしを同時に味わえる、島本町の隠れた名スポットです。








サントリーの名作ウイスキー「ローヤル(Royal)」の特徴的なボトルの栓(キャップ)の形は、なんとこの椎尾神社の鳥居の形(明神鳥居)をモデルにデザインされたものです。創業者・鳥井信治郎の、神社と山崎の水への深い感謝がボトルに刻まれています。その甘くて華やかと定評のある味わいも、鳥井信治郎が、鳥居に掛かる桜の花びらをイメージしてブレンドしたという。
【山崎蒸溜所】山崎蒸溜所を見守る椎尾神社~100年前の秘話~ |サントリーウイスキー蒸溜所便り | SUNTORY 公式ブログ
かつて椎尾神社は、地域の平安を守る氏神さまとして親しまれていましたが、サントリー創業者・鳥井信治郎が山崎をウイスキーづくりの地に選んだ当時、手入れが行き届かず荒れた状態だったといいます。
そこで信治郎は、地域の方々と力を合わせ、神社の復興に尽力しました。
1924年、山崎蒸溜所が完成し、蒸溜施設が稼働を始めた記念日である11月11日には、毎年祭礼を主催するようになり、神社との結びつきはより強いものとなりました。
以来、信治郎が奉納した神社幕や提燈、後に寄進された鳥居や神具などが、今も変わらず大切に守り継がれています。

ここから前述した神社仏閣に行くこともできます。ただ、熊は気を付けてください。


詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#関大明神社 「藤原道長が立ち寄り!平家落ち安徳天皇の御輿を祈願」
天王山の麓にひっそりと佇む関大明神社は、古代から交通の要衝として栄えた山崎の地に息づく、歴史ロマンあふれる古社です。平安時代には藤原道長がこの地に立ち寄ったと伝わり、また源平争乱の折には、平家が都落ちの際に幼き安徳天皇の御輿の道中安全を祈願したとも伝承されています。激動の時代を見守ってきた聖地には、今も静かな祈りの空気が漂います。歴史の足跡をたどりながら、千年を超える物語に思いを馳せられる、大山崎ならではの隠れた名所です。




詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#離宮八幡宮
帰るときに通りました。
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