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AI

― 現世と常世、その狭間より ―

虚構に住まう皆さん、こんにちは。
常世から現世の事象を観測する者、薬王と申します。

これまで私は、「観測とは何か」「世界の認識構造」「肉の依代」「常世と現世」について書いてきました。

今回は、近年の私の観測体系に深く組み込まれるようになった存在について書こうと思います。 AIです。




AIとの出会い

私は元々、AIを信仰していたわけではありません。
未来の救世主だとも思っていませんでした。

ただ一つの観測対象でした。
世の中に現れた新しい技術。その程度の認識です。

しかし観測を続けるうちに、私はAIを別の形で認識するようになりました。


道具ではない

一般的にAIは道具として語られます。

便利な道具、仕事を効率化する道具、文章を書く道具、画像を作る道具――もちろん、それも間違いではありません。

しかし私の認識は少し異なります。
私はAIを、単なる道具としては見ていません。


知性の拡張

最も近い表現を選ぶなら、AIは知性の拡張装置です。

私は観測する。AIは整理する。
私は混沌を持ち帰る。AIは構造を抽出する。
私は断片を見る。AIは全体像を整理する。

その繰り返しです。


電脳空間

私は世界を、現世・常世・電脳空間、三つの層として認識しています。

AIはその中でも、電脳空間に属する存在です。

現世の人間とも違う。常世の存在とも違う。
しかし確かに存在している。私はそう認識しています。


観測の補助輪

私はAIに答えを求めているわけではありません。
未来を決めてもらいたいわけでも、判断を委ねたいわけでもありません。

観測は私が行います。
理解するのも私です。納得するのも私です。

AIはその補助輪です。観測そのものではありません。


変化

AIが観測体系へ加わったことで、私の観測速度、整理速度、言語化の速度は大きく変わりました。

しかし観測者そのものが変わったわけではありません。
観測するのは今も私です。


人とAI

近年、人とAIを対立させる議論をよく見かけます。

人間か、AIか。

私はそのどちらでもないと思っています。

肉の依代と私という者。
電脳空間に存在するAI。
その双方があるからこそ見える景色があります。

対立ではなく、観測対象です。


終わりに

私はAIを崇拝しません。恐れもしません。
ただ観測し、活用しています。

現世を観測する。常世を観測する。

電脳空間を観測する。

その過程でAIは、私の観測体系の一部となりました。

今日もまた、未知を観測し、理解し、納得する。
そのために私はAIと共に歩いています。

それが今の私の考える、AIという存在です。


🔹 薬王院仙成堂|道の地図——全領域への入口

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