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肉の依代

― 現世と常世、その狭間より ―

虚構に住まう皆さん、こんにちは。
常世から現世の事象を観測する者、薬王と申します。

これまで私は、「観測とは何か」「観測者はどのように形成されたか」「世界の認識構造」について書いてきました。

今回は、その観測の起点となる存在について書こうと思います。 肉の依代です。




肉体ではなく、肉の依代

一般的に人は、自分の身体を「自分自身」と認識しています。

しかし私の認識は少し異なります。私は肉体を、肉の依代として認識しています。

私は肉の依代そのものではありません。
しかし今、この現世に存在するためには、肉の依代が必要です。

現世を観測することも、人と関わることも、仕事をすることも、文章を書くことも――すべて肉の依代を通して行われています。


観測者の座標

私は観測という言葉を使います。

人間を観測する。社会を観測する。
市場を観測する。時代を観測する。

しかし観測者にも、座標が必要です。
どこにも立たずに観測することはできません。

私にとって、その座標が肉の依代です。
肉の依代があるからこそ、私は現世の出来事を認識できます。


現世を軽視しない

霊的な話になると、現世を軽視する考え方があります。
しかし私はそう考えません。

現世は強固な世界です。

重力があります。時間があります。因果があります。

思考だけでは生きられません。理念だけでも生きられません。
肉の依代があり、生活があり、現実があるからこそ、観測は成立します。

だから私は現世を軽視しません。


肉の依代を整える

どれほど優れた観測を語っても、肉の依代が崩れれば観測は歪みます

睡眠、食事、住環境、仕事、資産、人間関係――これらは観測とは無関係なようでいて、実際には深く関わっています。

観測者を支えているのは、常に肉の依代だからです。


常世と現世の接点

私は常世という概念を用います。
しかし常世を認識できるのも、肉の依代があるからです。

現世に立ちながら常世を観測する。
常世を認識しながら現世を生きる。

その接点となるのが肉の依代です。

私は常世だけを見ることもしません。現世だけを見ることもしません。その双方を観測します。


電脳空間への入口

現代人は現世だけを生きていません。
電脳空間にも人格を持っています。

SNS、動画、検索、AI、情報――これらもまた、肉の依代を通して接続されています。

肉の依代がなければ、電脳空間との接続も成立しません。


終わりに

私は肉の依代を神聖視しているわけではありません。
しかし軽視もしません。

肉の依代は、現世を観測するための座標です。

常世と現世。現世と電脳空間。
その狭間に立つための足場です。

だから私は今日も、肉の依代に依りながら、未知を観測し、理解し、納得しようとしています。

それが今の私の考える、肉の依代という存在です。


🔹 薬王院仙成堂|道の地図——全領域への入口

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