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正解を探すほど、畑が見えなくなる|自然農の判断力を育てる5つの視点

野菜が育たない。
原因が分からない。
周りの畑では立派に育っているのに、自分の畑だけがうまくいかない。
自然農を始めたばかりの頃、そんな状況に不安を感じたことはないでしょうか。
土が悪いのか。
養分が足りないのか。
草の管理が間違っているのか。
水が足りないのか。
虫のせいなのか。
そもそも自然農のやり方が間違っているのか。
分からないから、調べます。
本を読む。
動画を見る。
誰かの実践例を探す。
そして、新しい方法を知るたびに試してみる。
それでも育たないと、また次の答えを探す。
これは、とても自然な行動だと思います。
私自身、そうでした。
けれど今振り返ると、自然農を始めた頃の私が本当に苦しんでいたのは、野菜が育たなかったことだけではありません。
何が正解か分からない。
その状態そのものが、不安だったのだと思います。
そして今では、少し逆のことを考えています。
自然農では、正解を早く求めるほど、かえって畑が見えなくなることがある。
これは、「勉強しない方がいい」という意味ではありません。
知識は必要です。
仕組みを理解することも大切です。
しかし、正解を求める気持ちが強くなりすぎると、私たちは目の前の畑を見る前に、
「これはこういう状態だ」
「原因はこれだ」
「だから、こうすればいい」
と答えを決めてしまうことがあります。
そして、その答えに合うものだけを見るようになる。
私が自然農を続ける中で何度も経験してきたのは、自分が「分かった」と思った後に、自然からまったく違う答えが返ってくることでした。



周りは育っているのに、自分だけ育たない

自然農を始めた頃、私は市民農園を借りていました。
周囲の区画では、肥料を使って立派な野菜が育っていました。
葉は大きく茂り、実もたくさんついている。
それに比べて、自分の畑の野菜はどうにも貧相でした。
同じ市民農園です。
すぐ隣では育っている。
それなのに、自分の畑では育たない。
初心者だった私には、その差がとても大きく見えました。
本当に無肥料で育つのか。
このまま待っていていいのか。
ただ失敗しているだけではないのか。
肥料は使いたくありませんでした。
それは、自分の目指している方向とは違うと思っていたからです。
けれど、何もしないで待つこともできませんでした。
そこで試したものの一つが、ヨモギなどを発酵させて作る天恵緑汁でした。
本で知りました。
そこでは効果が期待できるものとして紹介されていました。
肥料は使いたくない。
でも、何かはしたい。
植物由来の発酵液なら、自分の目指す自然農とも大きく矛盾しないのではないか。
そんな気持ちがあったのだと思います。
実際に作って畑に使いました。
ただ、今振り返ると、そもそも作り方が本当に適切だったのか自信がありません。
使い方についても、十分に理解していたとは言えません。
ですから、この経験をもって、
「天恵緑汁には効果がない」
と言うことはできません。
少なくとも私の場合は、正しく作れていたのかも、正しく使えていたのかも怪しい。
その前提で言えば、期待したような劇的な変化は感じられませんでした。
しかし、ここで私にとって重要だったのは、資材の良し悪しではありませんでした。
なぜ自分は、
「育たないなら、何かを足さなければならない」
と考えたのだろう。
後になって、そこが気になるようになりました。


当時の私に足りなかったのは、本当に知識だったのか

もちろん、初心者だったので知識は足りませんでした。
経験も足りませんでした。
もっと知っていれば、違う判断ができたこともあったと思います。
けれど今振り返ると、それだけではありません。
私は、
「分からない状態」に耐えられなかった。
そのことの方が大きかったように思います。
何が起きているか分からない。
なぜ育たないか分からない。
このままでいいか分からない。
すると、答えが欲しくなる。
養分不足だと分かれば、足せばいい。
虫が原因だと分かれば、取ればいい。
土が悪いと分かれば、改良すればいい。
答えが決まれば、行動できます。
何かをしている間は、自分が前に進んでいるように感じます。
だから私たちは、分からない状態を早く終わらせたくなるのかもしれません。
ところが自然農を続けていると、
「原因はこれだ」
と思った後に、違うことが起きます。
「この場所では育たない」
と思った場所で、別の作物がよく育つ。
「良い土だ」
と思った場所で、案外育たない。
何かを足しても変わらない。
何も劇的に変えていないのに、時間が経つと育ち始める。
私自身、市民農園で不安になっていた頃、ミニトマトなどが少しずつ実をつけ始めました。
大豊作ではありません。
周囲の畑と比べれば、見劣りしたかもしれません。
それでも、自分の畑から収穫できるものが出てきた。
そこから少しずつ、
肥料を入れなくても、畑の中に生き物の循環が生まれてくれば、作物は育つのではないか。
そう実感するようになりました。
自分が不安になり、答えを探している間にも、畑の中では何かが動いていた。
後から振り返ると、そう感じます。
ではなぜ、私たちはその動きを待てず、早く答えを出したくなるのでしょうか。
自然農を続ける中で、私はそこにいくつかの共通した「思い込み」があると感じるようになりました。
それは、初心者だけの話ではありません。
経験を積んでも、知識が増えても、何度も陥ります。
私自身、今でもそうです。
特に大きいのは、次の5つです。

  1. 育たないのは「何かが足りない」から

  2. 育たない場所は「悪い土」

  3. 原因が分かれば、正しい対処も決まる

  4. 科学的に説明できれば、理解したと言える

  5. 直観とは、何となく正解が分かること

一つひとつを見ると、どれももっともらしく感じます。
だからこそ厄介です。
私たちは、明らかな間違いよりも、「正しそうに見える考え方」によって畑を見誤ることがあります。
ここからは、この5つの思い込みを一つずつ見ていきます。
なぜ、その考え方に引き寄せられるのか。
それによって、何を見落としやすくなるのか。
そして、見方を少し変えると、畑はどう違って見えてくるのか。
私自身の失敗や、予想を覆された経験も交えながら、順番に考えていきます。
その先で、
「分からない」
という状態は、失敗ではなく、次の判断を育てる時間なのかもしれない。
そんな別の見方も見えてくると思います。

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