【とらのすけさんトライアル】罪人A
とらのすけさんの企画に乗っかってみることにしました😊
とらのすけさんが途中まで書いて未完の状態の作品。
これを引き継いで完成させてみない?
という企画。
5月病でやる気が枯渇している私はワンテンポ遅れて参加してみることにした。
お題はこちら
十二月の校舎は鉄の箱のようだ。雨風を防ぐ代わりに、それ自体が保冷材のように冷気を帯びている。足元から、壁の芯から、僕の真ん中の熱まで奪おうと手を伸ばしてくる。無数の冷たい手から逃れるため、僕はできるだけ廊下の中心を歩いて部室へ向かう。
この季節、入口の扉が閉まっていると身構えてしまう。部室の金属製のドアノブは、人の手による干渉を火花と破裂音で拒む。誰か来やしないかと振り返るが、灰色に染まった通路には猫さえ見当たらない。
意を決して火花を喰らおうとしていたときだった。
「川島くん」
背中から、鈴森春子の声がした。
ーーが、冷たい廊下には、僕と、僕を呼ぶ声しか存在していない。
首を傾げる僕に、その声は続ける。
「あ、ごめん。私、いま透明になってて」
ラスト1行のみ改変しています。
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は? そんな馬鹿なことあるか。
鈴森は昔から少し変わったやつだった。授業中に窓の外の雲を眺めていたり、誰も気にしない校庭の木をじっと観察していたりする。悪いやつではないのだが、たまに突拍子もないことを真顔で言う。
だから僕は、今回もその類だと思った。
「どこかにスピーカーでも隠してるんだろ?」
廊下に設置された消火器の裏まで確認したが、それらしいものは何もない。
本当に声だけが存在していた。
「やっと信じてくれた?」
呆れたような声が返ってくる。その瞬間、僕の吐いた白い息が空中に広がった。曇った空気の中に、一瞬だけ人の輪郭が浮かぶ。
肩。
髪。
細い指先。
そしてその輪郭は、僕の息を嫌そうに手で払うと、また透明へ溶けていった。
寒いはずなのに、背中だけ汗ばんでいた。
「……どういうことだよ」
少しの沈黙のあと、鈴森は静かに言った。
「私は十五分後の私なの」
意味が分からなかった。
けれど、その声は冗談を言っている響きではなかった。
「今から十分後、校門の前で私は車にひかれる」
冬の空気が、さらに冷たくなる。
「だから、それを止めてほしいの」
僕はしばらく返事ができなかった。
信じていたわけじゃない。
ただ。
もし本当に、あと十分後に死ぬ人間が助けを求めているのだとしたら。
それを無視したあと、自分は平然と生きていけるのだろうか。
そんなことを考えてしまった。
結局、僕は校門へ向かった。
十分後。
登校してきた鈴森春子は、ちゃんと生きていた。
透明でもなければ幽霊でもない。
眠そうな顔で欠伸をしながら歩いてくる、ただの女子高生だった。
僕は少し安心して、少しだけ馬鹿らしくなった。
やっぱり変な冗談だったのかもしれない。
そう思った瞬間だった。
視界の端で、白い車体が跳ねた。
濡れた道路を滑るように、一台のワゴン車が曲がってくる。
タイヤが甲高い悲鳴をあげた。
鈴森が振り返る。
世界が、妙にゆっくりになる。
僕は考えるより先に走っていた。
鈴森の腕を掴む。
細い身体を思いきり突き飛ばす。
次の瞬間、鈍い衝撃が全身を貫いた。
アスファルトの冷たさだけが、やけにはっきり残っている。
そして。
気づくと、僕はまた冬の廊下に立っていた。
冷たい空気。
灰色の通路。
静電気の走る金属扉。
さっきまでと何も変わらない。
違うのは、そこに僕の足音が存在しないことだけだった。
遠くから、誰かが歩いてくる。
鈴森春子だった。
僕はぼんやり彼女を見つめる。
当然、彼女は僕に気づかない。
だから僕は、彼女の背中へ声をかけた。
「鈴森さん」
鈴森が振り返る。
ーーが、冷たい廊下には、彼女と、彼女を呼ぶ声しか存在していない。
不思議そうに首を傾げる鈴森に、僕は言った。
「あ、ごめん。僕、いま透明になってて」
