諦めていた自分を、今日から書き換える
「もう歳だから」「どうせ変わらない」
そんな言葉を、自分に対しても、親の老いに対しても、無意識に使っていないでしょうか。
先日、あるものが少しずつ形を失っていくのを見て、命には止められない流れがあるのだと、改めて感じる出来事がありました。
老いも、別れも、その流れの一部なのだと。
同じように、親の老いを見ていても感じます。
腰が曲がり、歩みが遅くなり、記憶が少しずつこぼれ落ちていく。
それは寂しいことだけれど、止めることのできない、自然の流れなのだと思います。
一方で、最近知って驚いたことがあります。
過去や、老いていく身体は変えられなくても、脳という臓器は、何歳になっても変化し続けるということです。
繰り返し思い浮かべた言葉を、脳は事実かどうかにかかわらず信じ込んでしまう性質があるそうです。
「どうせ無理」という言葉を積み重ねれば、脳はそれを現実として受け止めてしまう。
逆に、「大丈夫」「今、成長している」という言葉を選び続ければ、脳はそちらに向かって新しい回路を作っていくのだといいます。
変えられないものと、変えられるもの。
老いや死は、木の葉が枯れて土に還るように、誰にも止められない流れです。
それを見つめることは辛くもありますが、同時に、命が巡っていく姿を教えてくれる、かけがえのない時間でもあります。
一方で、自分の頭の中にある言葉や考え方は、今日からでも選び直すことができます。
頭に浮かんだ考えのすべてを、事実として受け取らなくてもいい。
それは電車の窓から流れていく景色のようなもので、「今、そう考えているな」と少し眺めて、そのまま通り過ぎるのを待つだけでも、心の負担は変わってきます。
過去は変えられません。
これまでの後悔も、失ってきたものも、なかったことにはできない。
それでも、今日どんな言葉を選ぶかは、まだ決まっていません。
最近、試してみていることがあります。
自分の目標を紙に書いて、毎日目に入る場所に貼っておくことです。
たったそれだけのことなのですが、不思議と効果があるように感じています。
頭の中だけで思っていることは、他の考えに紛れてすぐに消えてしまいます。
でも、文字にして、目立つところに貼っておくと、視界に入るたびに何度も何度も、脳がその言葉を目にすることになります。
繰り返し目にしたものを、脳は現実に近づけようとする性質があるそうです。
だから、「叶えたいこと」を毎日見えるところに置いておくだけで、脳は無意識のうちに、それを実現するための行動や情報に敏感になっていくのだといいます。
大げさな目標である必要はないと思います。
「今日も1つ、できることをやる」でも、「自分を責めない」でも構いません。
小さな言葉でも、繰り返し目にすることで、少しずつ自分の中に根を張っていくものなのかもしれません。
私も今、机の前に小さな紙を貼っています。
うまくいく日ばかりではありませんが、それでもふと目に入るたびに、少しだけ背筋が伸びるような気がしています。
変えられないものを静かに受け入れながら、変えられるものには手を伸ばし続ける。
老いていく親の姿と、日々変わっていく自分の心。
その両方を見つめる中で、そんなことを考えるようになりました。
▶変えられない命について 考えてみました。
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