映画「名無し」を観た考察と感想※ネタバレを含みます
映画『名無し』公式X(@774movie)
引用ポスト:https://x.com/774movie/status/2061742158621933779
映画「名無し」のあらすじ
白昼のファミレスで起きた凄惨な殺人事件。防犯カメラには、凶器を持たず、ただ接触するだけで人々を絶命させる坊主頭の男の姿が映っていた。警察の捜査により、男の正体は11年前に補導歴のある「山田太郎」と判明。捜査員が彼の自宅へ向かうと、そこには腐敗した女性の遺体が横たわっていた。この物語は、名を知った対象を消し去る「死の右手」を持つ男の、孤独な足跡を辿っていく。
右手には3つの原則がある、右手が触れたものは全て消える、右手で触れられたら命も消える、ただし名前を知らなければ消すことはできない。
考察
1.
凶器が見えないという要素は、表面的にはメインの要素だが、深層的には自分の内面的な孤独を観客に感覚的に分からせるための要素だと考察した。
2.
表面的には子供時代の山田太郎は周囲の人たちからは良く見られていたから孤独ではないように見えた。
だが、右手の能力を知る人間は山田花子だけ、花子と太郎の間にできた子を花子がおろした理由は山田太郎の右手の能力が自身の子供にも現れたときの不安と、太郎が子供に名前を付けると、二度と太郎は自身の子供に触れることができないと言っていた。
それ気付かなかった山田太郎の内面的な孤独というのは他人にも自身にも理解されない心の奥深くに存在する自身の究極の孤独を示唆している。
3.
この映画には眼に関するグロテスクな描写が多い。
幼少時代では太郎が右手で額を撫でた柴犬の名前をその時に偶然知ってしまった。
その時、前を見たら犬の姿が消えていて手を離したらその柴犬が白目をむいて死んでいた。
そして、飛び降りをしようとした山田太郎を助けようとした照夫が出したもう片方の手を残った右手でつかんだことで姿が消え、山田太郎は助かるが、照夫の方を見ると白目をむいた状態でふらつきながら突っ立っていた。
目は生き物の情報を得る手段の中心となっている。
その目が白目をむいているということは、視線を失い、本質が見えなくなることのモチーフになっていると考え
、人は内面(太郎の場合は右手の能力)を見ることが(気付くことが)できないという意味があると考えられる。
4.
山田太郎が殺人を繰り返したのは、人間社会への絶望だけではなく、内面の自分を自分自身で見つけようとする衝動によるものだと考えられる。
包丁→金属バット→銃と変化しているのは人類の文明の進化として現代(太郎の内面)に太郎自身が近づいていることを示唆していると思った。
最後に
この映画は見えない凶器の恐怖を描いた作品だけではなく、人間が誰にも理解されない孤独を描いた作品だったように思う。
感想
自分が期待しすぎていたのもあるが内容は非常にグロテスクかつショッキングでストーリーも面白いと言えるほどではなかった。
被害者の苦しむ描写が非常にリアルであったり、一部のグロテスクな描写の中には、眼球の飛び出たような激しい派手な特殊メイクなど、トラウマになるような描写もあり、スクリーンから目をそむけてしまうこともあった。
だが非常に哲学的で解釈の分かれることが非常に良いと感じた。
そういった点から、最高で最悪な映画だと思った。
追記
子役の演技がすごかった。
