母乳は出りゃいいってものじゃなかった
30分間の授乳のあと再び泣き始めた息子に、夫が120mlのミルクを追加しようとした。それだけで、わたしは泣いた。
「ミルクに頼りながらゆるくやってこ〜」なんて思ってた妊娠中のわたしはもういない。
ーーこれは、おっぱいにとことん心をとらわれた女の話。……いや、過去形ではないかもしれない。今もちょっと、とらわれている。
迷いなく「混合栄養」を選択した
病院の事前記入用紙にどの栄養方法で育てたいかという質問があった。
完全母乳は、たくさんの労力が必要で、きつそう。楽なミルクがあるのに母乳だけで頑張るなんて柔軟性に欠けていて、なんだかガチって感じがして恥ずかしい。
かといって、完全ミルクにするのは経済的に負担だし、母乳は痩せやすいっていうから適度に飲ませたい。
これが出産前のわたしの考えで、「母乳は大変」とわかっていたし、予備知識はちゃんと持っているつもりだった。覚悟もそれなりにあった。
でもぜんぜん、わかってなかったし、覚悟なんてできていなかった。母乳がでないことではなく、母乳に心を支配されることのほうを。
母乳は出りゃいいってものじゃない
逆子が直らず、わたしは予定帝王切開となった。術後にベッド上で横たわっていると、助産師さんがきれいにした息子を連れてきた。お腹が空いているようだと、息子の口にわたしの乳首をふくませた。そのときの衝撃的な痛みは忘れられない。
「いっっった!!!」
まるで、強めの洗濯バサミで挟まれたような。生まれたての赤子からは想像できない、文字通り目ん玉をひんむくくらいのびっくりな痛さだった。そんな痛みがあったにも関わらず、「母乳無理かも」とか「ミルクにしよう」とか一切思わなかった。なんなら「動けるようになったらがんばらなきゃ」と気合を入れた。
いま思えば、あの乳首をかまれた瞬間に、じゅわわわっとなにかが脳に流れ込み、わたしを支配し始めたような気がする。
出産翌日の午後から初めての母子同室にトライ。赤ちゃんが乳首を直接吸えば吸うほど母乳は出ますと説明を受ける。はいはい知ってますよ、事前学習は済ませています。なんて内心優等生面して眠っている息子を受け取った。
そこから、腹が減ったと泣かれれば授乳し、足りないと泣かれればミルクを足し、寝かせる。その繰り返し。乳首は痛いし、授乳の姿勢も正解がわからない。それでも、息子が泣けばまずおっぱいだった。
産む前のわたしは、赤ちゃんが泣いていても「元気ならいいじゃん」くらいに思っていた。なんなら泣いてる間に家事だってできると思っていた。ところが実際には、一声泣かれるだけで落ち着かない。
早く泣き止ませなきゃ。
お腹が空いているんじゃないか。
足りていないんじゃないか。
気づけば、わたしの世界は授乳を中心に回り始めていた。
母乳のあとに追加するミルク量の目安として、授乳前後に赤子の体重を測り、哺乳量を確認するという一仕事がある。腹が減ったと泣く我が子に謝りながら、ベビースケールにのせ、体重を測り、メモして、部屋に戻って母乳を与える。
約30分間、暴れ、泣く息子と格闘しながら母乳を与えた後の数字が「38」と出れば嬉しくて飛び跳ねた(そのとき必要な量は40ml)。母乳育児が順調だよと丸をもらった気分になった。
この調子で母乳育児がうまくいき始めると思ったら、そう簡単にはいかなかった。体重計は「2」と示す時もあった。20じゃない。2mlだ。雀の涙どころじゃない。測り直しても、数字は変わらなかった。さっきまでの30分間の授乳はいったい何だったんだろう。姿勢も、息子の吸いつきもいつも通りで、何が悪いのかわからない。ぎゅーっと視界が狭くなって、腕の中の息子を見つめるしかできなくなる。乳首の痛みが際立って、唇を噛みしめた。……やっぱり自分には無理なんだろうか。
体重計の示す数字はわたしの自信を乱気流のように上げたり下げたりする。わたしは毎回、祈るように息子を体重計に乗せていた。
母乳は出ている、と思う。搾乳すれば出てくるし、ポタポタ落ちるし。でも息子は満足していない。
母乳は、出るだけじゃダメなのだ。
母親になった瞬間にあらわれた執着
母乳育児は、お母さんも赤ちゃんも同じ若葉マークなんですよ、と助産師さんは言った。母乳さえでればいいんだと思ってた。けれどそうじゃない。息子にも練習が必要なのだ。生まれたての、意思疎通のとれない赤子と2人、二人三脚で頑張らなきゃいけないのだ。
病院を退院してからも「母乳を飲ませたい」という気持ちは変わらなかった。母乳が足りずミルクを追加し、それに落ち込み涙した。
母乳を飲ませた後にミルクとか、なんて効率が悪いんだろう。哺乳瓶を洗いながら、混合栄養に挫折しそうになる。もう、ミルクだけでもいいのかな。でもでも、できるならおっぱいを飲ませてあげたいな…。夫は無理しなくていいと言うけど、夫にこの諦められなさなんてわからない。
母乳が足りたか足りてないかが毎回わからなかった。何度も同じ質問を人にするのは気が引けて、相談相手に選んだのはAIだった。わたしの心情を察してか半ば励まし混じりの回答をくれるが、すぐに見飽きて最後まで読むことはなくなった。結局は目の前の息子という「正解」に振り回される。
息子はとっても厄介だった。授乳途中に寝落ちするのだ。ベッドに戻せば空腹を思い出して泣く。なんと赤ちゃんなことか。この赤ちゃんループに疲弊した。深夜3時、暗い部屋で「生後1ヶ月 授乳 寝落ち」と何度も検索する。同じ悩みをもつ人がいることに安心し、その先のアドバイスを藁にも縋る思いで読み漁った。
「おむつ交換で覚醒させて」「足の裏を刺激して」そういった対策たちはひとつも役に立たなくて、結局月日がたって息子の持久力がつくことがいちばんの解決策だった。
母乳が軌道に乗り始めたのは生後2ヶ月頃。追加のミルクがなくても、息子は満足するようになった。頑張ったね、わたしたち。あんた、上手になったもんねと、言葉を交わせない代わりに息子のあたまをたくさん撫でた。
おっぱいにとらわれた先に見えたもの
軌道に乗った母乳育児ではあるが、わたしは混合栄養を続けている。というのは、夫が息子の世話をするときはミルクになるからである。夫は息子をかわいがってくれている。育休をとり息子の世話をし、気分転換に出かけさせてくれる夫には感謝しかない。けれどその裏で、母乳の分泌が減るかもしれないという不安がずっとついてまわる。
わたしはいつまでも自分の母乳に自信をもつことができない。あれだけ「ミルクに頼ってゆるくやればいい」と思っていた私が、いざその状況になると、素直に喜べなかった。
ある時、「まだ欲しそうだから足すね」と授乳から30分も経たずに夫が言った。悪気なんてない。息子のためを思ってしたことなのもわかる。なのに胸の奥がざわざわして、「なんで」と思った。
わたしの母乳、全然出てないって思ってるの?ミルクなんて足さないでよ!
自分が頑張ってきたものを否定されたような感覚に、いてもたってもいられなくなって息子を抱いたままミルクを作ろうとする夫の手を止めて、泣いて、困らせた。
「ごめんね、わたし、おかしくなってるんだよ」と夫へ謝る。母乳への執着も、涙も、ぜんぶホルモンのせいにしてしまいたかった。「おかしくないよ。ごめんね。俺にはミルクしかないから」夫はわたしを責めることなく慰めた。夫は優しい。息子を抱いたままミルクを作るのは、息子を余計に泣かせたくないし、わたしを休ませたいからだ。完母にしたいわけじゃない。夫から楽しみを奪いたい訳じゃない。でも、苦しい。
でも、ミルクを追加されるのは、なんだか、わたしの、母親の役割がなくなってしまいそうな気がしてこわい。
こんなにしんどいとは思わなかった。いっそのことミルクにふりきってしまえば楽になるだろうか。でもたぶん、わたしは自分から母乳をやめることはできない。
だってかわいいのだ。息子が。母乳をのみ、だんだんと落ち着いて閉じていく目。吸う力がだんだん弱くなって、乳の上に置かれる小さな手がふっと力を抜く感じ。乳首を離した後も動き続ける小さな口。深夜の、息子とわたしのふたりだけの時間。ぜんぶがかわいくて仕方なくて、わたしは、母親になった自分だけが知ることのできる、この時間を失うのが怖いのだと思う。
ミルクか母乳かで息子の何かが変わるわけではないのだ。頭ではちゃんとわかっている。けれど、頭でわかることと、おっぱいに支配されることは別問題だった。
腕の中でわたしを見上げてにっこり笑ってくる時間も、小さな手で服を握る時間も、いつか終わる。母乳かミルクかで一喜一憂する時間だけで、この大切な瞬間を埋め尽くすわけにはいかない。
夫が息子にミルクを与える様子を横で見守る。悔しいような、むずがゆいような、ちょっぴりわだかまりのようなものを感じる。まだ私は、おっぱいにとらわれている。たぶん明日も、授乳後の息子の顔を見ながら、足りているかな、と考えてしまう。でもいつか、この時間を「母乳を頑張った時間」ではなく、「息子と過ごした時間」として思い出せたらいい。
