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【短編小説】「あたし、プニ子。」 第二回 ポプラ兄弟

あたし、プニ子。
三つ編みが大好きな女の子。
みんなは三つ編みを見て「かわいい」って言ってくれる。うれしい。
でもたまに、可愛いって言ってほしいんでしょ?っていう悪戯なやましさから言われることもある。あたしは大体そのどちらかを見抜ける。
下心には特有の香りがつきまとってるからすぐ分かっちゃう。
別に他人からの不純混じりの「可愛い」で満たされる女の子じゃないの。

結局、あたしがあたしに思う「かわいい」が一番の褒め言葉である。

喫茶店でアルバイトをしてる。
ある大きい街の、駅から少し歩いたところの、裏路地にひっそり佇んだ喫茶店。
お店はクロワッサンみたいな小さいお店。
あんまり綺麗じゃないから、すごく古いんだと思う。
でもあたしはそういうところがすき。


#1「ポプラ兄弟」

LUCKY STRIKEの重ったるい煙は
口論の雲行きを悪くさせるのか。

「聞いてんのか?」
「聞いてっから」
「んじゃ答えろよ」
「何を」

最近、男二人組が不定期な頻度で店にやってくる。店に入るや否や「ブラック2つ」と無骨に囁き、ドカンとソファに腰掛ける男が、チャー坊である。
毎回遅刻してきて、「すいません、砂糖もください」とあたしに目を合わせずに注文するのが植木だ。毎度行われるこのやりとりを不毛に感じながらもあたしはちょっと楽しんでいる。以前、どうやったら植木と目線を合わせられるか、半ば強引に覗きかけたことがあったけど、洗練された技術のように上手に目線を泳がされ、結局見ることができなかった。あたしと彼の空間に何か異様な力でも働いているかのようで、磁石と一緒かあ、と頼り甲斐のない結論をしたことを思い出す。

「ネタ合わせ!稽古の数を増やそうって言ってんだろ」
チャー坊は頭の文字が一番大きくなる癖がある。
「いや、ちょっとキツい」
「は?意味わかんねえ。芸人だろ」

あたしが馴れ馴れしく彼らをチャー坊だ、植木と呼称するのは決して友人とかそういう類のものではなく、彼らが”芸人”だから、である。
関西を源流に芸能界に数々のスターを輩出してきた大手芸能事務所に所属している。常連さんの間では、だれだかわかるか?知らねえなあ、というのが関の山だったが、あたしは彼らを知っていた。確か、YouTubeの若手芸人が主催する大喜利企画に出ていたような気がする。熱量で乗り切ろうとするボケのチャー坊よりも日常を知的に自由に遊戯する植木の方が印象的で、なんとなく彼らを覚えていた。コンビ名は「ポプラ兄弟」だった。

チャー坊は窓側に向けて足を組み、LUCKY STRIKEは垂直に天井を見つめている。火種はおぼろで、か弱く白煙と戯れあっている。
「そうだけど。生活がしんどい」植木は変わらない口調を装いながらも何か覚悟を含ませて囁いた。
「だから!今やろうって言ってんだろ。今やって、頑張るしかねえだろ」
「すまん。このペースが限界。」
「は?お前マジで意味わからん」そう吐き捨てると同時に、チャー坊は煙草を灰皿に力強くねじ込んだ。

あたしは彼らの会話を聞きながら、中学時代を思い出していた。
最後の文化祭でクラスメイトの男の子二人が漫才を披露し、学校で時の人になっていた。たしか岡本ゆうじくんと、鈴木くんとかだっけ。程々の関係だったけど、岡本くんが「ドッグキッズ、俺らの芸名、覚えておけよ。売れたらお前は古参だからな!」と全く清々しく言ってたような気がする。
今二人はどうしてるんだろう。

チャー坊は「先帰るわ」と千円札を水滴のすぐ近くにドンと置き、何か感じろよと言わんばかりの空気を放出して店を出た。
植木はチャー坊が居なくなって出来たソファの窪みを眺め、しばらく俯いていた。

あたしは知っていた。
ちょうど五日前、植木がこの店にひとりでやってきた。あれ、今日は遅刻じゃないんだと思っていたら、次に現れたのは60代頃の女性だった。それは多分お母さんらしかった。赤や青や黄の小花が描かれた襟付きのブラウスを着て、腰を曲げながら植木を包み込んでいた。白髪が目立ち、とても裕福ではなさそうだけれど、それでも柔和な顔が彼女の穏やかさを表していた。
小さい虫を見つけても手のひらで自然に返すような人だった。

「もう仕送りはいいのよ。お母さんは、なんとか、やってるから。」
「いや、いいから。やるから。決めてるから。」

植木のシャープな言葉には、どこか怯えるような不安が漂っていた。

あたしはときどき遠回りをして帰る。
理由はその都度はっきりしたものはなくて、だいたいはなんとなく風を感じていたいから。

河川敷のグラウンドでは少年野球終わりの子供三人が、まだありあまる力を使い果たそうとボールを投げ合っている。堤防には古時計の振り子のように舌を揺れ動かした白い犬とタンクトップを着た男性がランニングをしている。
原っぱは夕焼けに照らされて杏色。

あたしの後ろを赤く錆びれた列車が駆けた。
河川敷を横切るように列車は進み、
レールと車輪の乾いた音が幻みたいに響いた。

あたしはその長閑な景色の中に奇妙な影があることに気づいた。
高架下のちょうど陰になった砂地で男の二人組が全身を大きく使い、鳩のような動きをしている。

あ、ポプラだ。チャー坊の特徴的な大柄な猫背のシルエットですぐにわかった。こんなところで稽古をしていたのか。

二人の背中にはまだ遊び足りないような熱っぽさがあった。
小さい頃どこまでも自転車で駆けて行った少年の後ろ姿みたいで、横顔は清爽だった。彼らの一帯だけ不思議な時間が流れているように見えた。

誰も高架下の薄暗い陰にいる彼らを気づいていない。
ヘンテコな動きも風景であり、張り上げている声も列車の音でぜんぜん聞こえない。しかし、チャー坊と植木は時折目を合わせ、笑っている。

頬を涼しく風が撫でて、ふとさみしくなった。
胸が締め付けられるような夕焼けの下で、今誰があたしを見ているんだろう。横を走り去ったおじさんも、ママチャリのおばさんも、あたしのことを見てくれたんだろうか。ざわざわした胸の音はあたしだけに聞こえていて、そんなあたしもこの風景のひとつでしかないんだろうか。

そう思うと、彼らの影が不思議と心に留まった。

風が過ぎ去る。
前を振り返ると、白い犬が舌をひくひくさせながらこっちを見ていた。ヘッヘと息を切らしながらあたしをじっと見ている。

ポプラのライブ、行ってみるかぁ。

犬の白薄いピンクの舌を見て、あたしはなんとなく、思った。


#2「残像」

ねずみ色の古いビルが立ち並んだ先に、劇場はあった。
事務所の若手メインの劇場ということもあり、建物はその古びれた街に似つかわしくなく、新しげだった。と言いつつ、あたしの淡黄のフリルワンピースの方が絶対にこの街に似つかわしくない。

月に一度のネタ見せライブは三日間に分けて行われ、上位数組のコンビはさらに上のネタライブへと駒を進めるような形式らしかった。
ポプラ兄弟の出番は中日の中盤だった。

劇場は50席くらいの椅子が並べられていて、飾ることのない、最低限の様式をこざっぱり揃えたような作りだった。MCはたまにテレビに出るようなコンビが務めていて、客の半分はどうやらそのコンビのファンらしかった。みんな玄人のような顔つきを演出しているので、あたしもちょっとみんなの顔真似をしてみる。

ポプラ兄弟の出番は案外早かった。
チャー坊が無骨で荒っぽく舞台に飛び出てきて、後を追うように植木が静かに歩いてきた。お店に入ってくるのと同じじゃんっと、思わずニヤついてしまう。ネタの内容はコント漫才だった。「友達の少ないチャー坊が、街にいる鳩とコミュニケーションを図りたい」というネタだった。
なんじゃそれ。
ネタの終盤、チャー坊が畳み掛けたボケの一つに鳩の動きをしてみせ、河川敷でやってたのはこれかと思った。一瞬笑い待ちのような間があったが、ちらほらと笑い声が散発しただけで、チャー坊は一瞬虚な目をした。

あたしが彼らを特別に待ち望んでいただけで、時間は平等に流れた。
持ち時間の3分はあっという間に過ぎ、また次の芸人が舞台に入れ替わる。なんだか呆気なくて、ぽっかり穴が空いたような気持ちになった。大して見る気力もないけど、立ち上がる気力もなくて数組を流し見た。

用も済んだので先に劇場を出ようとしかけた時だった。一人の男がフリップを抱きしめるように持ち、そろそろと歩いてきた。
「どうも〜!エース・オカモトと申しますー。今日はね、もしも東京24区目があったら三鷹の・・」 肩幅が広くて胸板ががっしりした体格。劇場の音は遠くなり、あたしの唾を飲み込んだ音が大袈裟に聞こえた。

舞台に立っていたのは中学の同級生、岡本裕二くんだった。

笑うと目尻に皺が寄ってくるところが変わっていない。間違いなく、彼だった。変わっていたのは、隣にいた鈴木くんがいないということだった。

ライブが終了し、ロビーにいるとエース・オカモトに二、三組の人集りができていた。意外にもファンがいるらしい。愛嬌よく誰とでも話す姿はクラスに居た時と同じようで、時間が経っても彼の魅力がそのままだったことに少しほっとした。人集りが去り、話しかけようかと一、二歩足を出した時、一人の女性が彼のところに近付いた。先ほどの太陽のような明るさとは違う、一種の優しさを帯びた雰囲気が彼に漂った。女性はどうやら彼女らしかった。小柄で顔のひとつひとつが小さくリスみたいな女の子だった。
エース・オカモトの顔は岡本裕二の顔に戻り、彼が居た中学時代の記憶を思い出した。

あたしは踏み出した足をくるっとひねらせ、劇場を後にした。

その日、あたしはなんとなく風に吹かれたくなって、また遠回りをした。
堤防を、いつもより足を大きくぶらつかせて歩いた。

「夕焼け」は同じように見えて、いつもどこか違う。
オレンジが濃かったり、空の水色が濃かったり、毎日毎日同じように夕焼けと言われるけどちょっとずつ違う顔色を示してくれている。

高架下を見ると、二人組の男が日陰の石ころみたいにじっと佇んでいた。目を見張った。
ポプラ兄弟だった。あの後、この場所に直行したのだろうか。
彼らの後ろ姿はこの前のような少年らしさは無く、どこか寂しげで大人びていた。

チャー坊や植木は今日のライブに満足したのだろうか。
岡本くんはこれからも一人で舞台に立ち続けるのだろうか。
鈴木くん、元気にしてるかな。

彼らの後背が妙に焼き付いて、あたしの奥底に眠っていた悶えがフィルムが現像されるみたいにじんわりと浮かび上がった。心がちくちくした。

みんな昨日も今日も明日もどこが変わったかなんてまるでわからないような毎日をジタバタして生きている。

とんとん相撲みたいな毎日だ。
叩きすぎて自分から落っこちるかもしれないし、取っ組み合いをして投げ飛ばされるかもしれない。どうしたら勝つのかもわからないし、どうして負けるのかもわからない。

あたしもいつまで喫茶店にいるんだろう。

差し込んだ夕焼けがちょうどあたしの影になり、守り神みたいに浮かんだ。
まだ少し昼の熱さを混じえた陽光が頬をじんわり暖める。

あたしはじっと夕焼けを見つめた。
残像が、消えない。


【第二回】あたし、プニ子。/「ポプラ兄弟」
        終

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