一度復帰に失敗して1年3ヶ月寝たきりになった私が、もう一度働けるようになるまでの全記録
このnoteには、心身の不調や、つらい気持ちに関する記述が含まれます。
読んでいて苦しくなったら、途中で閉じて構いません。
また、今まさに死にたい気持ちがある方は、このnoteの前に、まず主治医や相談窓口につながってください。
いのちの電話 0120-783-556(毎日16時〜21時、毎月10日は8時〜翌朝8時)のほか、深夜を含む時間帯は、厚生労働省「まもろうよ こころ」(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/)から24時間対応の電話・SNS窓口が探せます。このnoteは治療の代わりにはなれません。
📌第1章
深夜、「うつ病 社会復帰 いつから」と検索して、出てきた記事を読まずに閉じたことはありませんか。
私は何回もあります。どの記事も「焦らないで」「主治医と相談を」
で終わっていて、知りたいのはそこじゃない、と思っていました。
このnoteには、一度復帰に失敗して1年3ヶ月ほぼ寝たきりになった私が、
もう一度働けるようになるまでに「実際にやったこと」だけを書きます。
📌第2章:焦って復帰した私は、5日で出社できなくなりました
先に結論を書きます。私は退職からわずか3ヶ月で再就職し、わずか5日で出社できなくなり、その代償として1年3ヶ月をほぼ寝たきりで過ごしました。
2023年12月(39歳) 適応障害と診断。
当時の私は、税理士事務所で税務アシスタントとして働いていました。
最初のサインは、眠りでした。夜中に目が覚めて、そのまま朝まで眠れない日が増えていく。それでも「忙しいだけだ」と出勤を続けました。
病院に行くと決めたのは、自分の体を傷つけてしまったからです。
ここまで来て、ようやく「これは疲れじゃない」と認めました。
振り返って思うのは、体はずっと前からサインを出していた、ということです。眠れなくなった時点で、行くべきでした。
2024年1月〜3月 3ヶ月の休職。そのまま自然退職。
退職が決まったとき、最初に来たのは「ほっとした」でした。
でもその数秒後に、「すぐ働かないと家族を養えない」という焦りが来ました。39歳・無職。次が決まる保証はどこにもない。
この焦りが、このあとの失敗の燃料になります。
2024年4月〜6月 退職後も療養を続ける。
少し眠れるようになっただけで「もう大丈夫だ」と判断しました。
今思えば、回復したのではなく、ストレス源から離れて症状が隠れていただけでした。主治医から「働いていい」と言われたわけでもないのに、自分の判断で求職活動を始め、約2ヶ月で10社以上に応募。
療養は、いつの間にか「就活の待ち時間」になっていました。
本来なら療養に専念すべき時期だったと、今なら分かります。
2024年7月上旬(40歳) 経理事務として再就職。
入社してみると、事前に聞いていた話と実際の体制は違っていました。
想定していたよりずっと重い役割を、初日から求められる形だったのです。
その日から、頭の中は不安で埋まりました。工業簿記はやったことがない。手形も扱ったことがない。電話は鳴り続けて集中できない。
分からないことだらけなのに、「一日も早く仕事を覚えなければ」。
正直、パニックでした。そして矛先は自分に向かいました。
「こんな会社を選んだ自分が悪い」と。
入社6日目 出社できなくなる。
出社できたのは、たった5日間でした。
朝、目が覚めると、体が動きませんでした。布団から出られない。
そして頭の中は、「死にたい」「いなくなりたい」という気持ちに支配されていました。
その後、うつ病と診断。8月に障がい者手帳を取得。
ここから、1年3ヶ月のほぼ寝たきりの生活が始まります。
退職3ヶ月で戻ろうとした結果が、これです。
失ったのは、1年3ヶ月でした。
※この「1年3ヶ月」は、2024年8月から、パート勤務を始める直前の2025年10月までを数えたものです。出社できなくなった2024年7月中旬を起点にすると、約1年4ヶ月になります。
※「寝たきり」と書いていますが、まったく動けなかったわけではありません。トイレや食事のために起き上がることはできましたし、
後半の10ヶ月は、月に一度ハローワークの認定日に行っていました。
求人サイトを開いて眺める。ただ、それだけで一日が終わる。
そういう1年3ヶ月でした。
この時期の実態は、段階1で具体的に書いています。
この失敗から学んだのが、次章の「5段階」です。私は順番を飛ばして潰れました。だからあなたには、順番どおりに進んでほしいのです。
📌第3章:社会復帰は5段階。あなたが今どこにいるか、まず確認してください
失敗と、そこからの1年半で分かったことがあります。
社会復帰は「治ったら働く」の2段階ではなく、5つの段階に分かれている、ということです。
私が潰れたのは、段階1から段階4にいきなり飛んだからでした。
先に5段階の全体像を見せます。
読みながら、自分が今どこにいるかを確認してください。
段階1:何もできない時期
布団から出られない。風呂に入るのも億劫。「働く」なんて言葉は遠すぎて考えられない。
私はここに1年3ヶ月いました。この段階でやってよかったことは、3つあります。そして、どれも「何かを頑張ること」ではありません。
段階2:「働かなければ」が現実になる時期
ある日ふと、求人サイトを開いてみる。でも条件を見て閉じる。その繰り返し。
実はこの「開いて閉じる」は、後退ではなく回復のサインです。私の場合、この段階に入ったきっかけは、きれいな話ではありません。貯金でした。
詳しくは本編で書きますが、先に一つだけ:きっかけが「前向きな気持ち」じゃなくても、大丈夫です。私がそうでした。
段階3:短時間の仕事から始める時期
私はディスカウントストアの荷出しを、1日5時間から始めました。
ここで重要なのは「何の仕事を選ぶか」の基準です。
私は「やりたい仕事」ではなく、ある3つの条件で選びました。
この選び方が、2度目の失敗を防いだと思っています。
段階4:時間と負荷を延ばす時期
5時間勤務を7ヶ月続けたあと、8時間に延ばしました。
「もう大丈夫」という感覚は、一度目の失敗のとき私を裏切りました。
だから二度目は、感覚ではなく"ある判断基準"を決めて、それを満たすまで延ばしませんでした。
段階5:働き方を選び直す時期
私は障がい者手帳を取得し、障がい者雇用で働いています。
手帳にも障がい者雇用にも、正直、心理的な抵抗がありました。
それでも選んだ理由と、実際の待遇・働き心地は、本編で包み隠さず書きます。
ここまで読んで、気づいたことがあると思います。
あなたはすでに、段階1ではないかもしれない。
深夜に「社会復帰」と検索して、このnoteをここまで読んでいる。
それは段階2の入り口に立っているということです。
「開いて閉じる」を繰り返しているあの求人サイトと同じで、この検索も回復のサインです。
ここから先は、有料(980円)です。
ここまでは、
私が潰れた経緯と、
社会復帰が5つの段階に分かれているという話でした。
ここから先は、その5段階で私が実際に何をしたかを、失敗も含めて書いています。冒頭に書いた「知りたいのはそこじゃない」の、そこの部分です。
布団から出られない人間が、どうやって外に出られる状態までたどり着いたか。その1段目から、段階5まで順に書いています。
私が探していた頃は、ここまで具体的に書いてあるものを見つけられませんでした。だから、自分で書きました。
先に、正直なことを2つ。
これは私ひとりの記録です。
制度の要件も、回復にかかる時間も、人によって大きく変わります。
この通りにやれば同じ結果になる、という話ではありません。
制度の内容は2026年7月時点で確認したものです。
制度は改正されます。
治療や 制度の判断は、必ず主治医や各制度の窓口にご確認ください。
なお、購入から24時間以内なら、返金申請ができます(noteの審査を通過すると 返金されます。会員登録せずに購入した場合は対象外です)。
読んでみて違うと感じたら、遠慮なく使ってください。
そのうえで、最後にひとつだけ。
買ってすぐ全部読む必要はありません。
今の段階の章だけ読んで、あとは閉じてください。
先の章は、あなたがその段階に来たときに読めば間に合います。
そして、これも正直に書きます。
今これを読んでいるあなたが、まだ「買える」状態じゃないかもしれないことも、知っています。それでいいです。
今日は、フォローだけしておいてください。それだけで十分です。
動けるようになった日、あるいは「続きが知りたい」と思えた日に、
またここに戻ってくればいい。
段階1の私に、今すぐ何かを決める力はありませんでした。
あなたも同じでいいです。
急がなくていい、というのがこのnote全体で言いたいことなので。
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