はじめまして。家庭菜園が、暮らしの中にそっとある関係を探究しています
はじめまして
家庭菜園がいつも身近にありました
私は、家庭菜園がとても身近な環境で育ちました。
実家の庭では、季節になると野菜が育ち、それを特別なイベントとしてではなく、ごく自然に、暮らしの一部として見てきました。
今は、その感覚を確かめるように、家庭菜園を実践しています。
なぜ、家庭菜園を“活動”として考えはじめたのか
家庭菜園がいつの間にか重荷になる違和感。
この感覚を、どうしても放っておけませんでした。
鎌倉市の「自分らしい事業づくり講座」に参加した当初は、
家庭菜園を起点に、有機農法や環境保全、自然農法の取り組みを広げたい、そんな想いが出発点でした。
けれど、調査や仮説検証を重ねる中で、
ひとつの違和感が、はっきりしてきました。
家庭菜園を「やりたい」と思っている人が、なぜか離れていく。
調べてみると、
今はできないが、将来はやりたい人ばかり
家庭菜園の継続意欲には、3年目の壁がある
失敗しても深刻ではないけれど、なかなか戻れない
これらを見ていて、
問題は「意欲」や「知識」や「時間」だけではない、と感じました。
暮らしに組み込もうとしたときの、“負担の構造”
そこに、原因があるのではないかと思うようになりました。
仮説と実際に手を動かしてみたこと
そこで私は、一緒に取り組む人たちと、
「ちゃんと育てる」よりも、「関わり続けられる形」を試すことにしました。
種まきや収穫だけ立ち会い、来られない期間は農園の様子を写真で共有し、成長を一緒に感じる(見守る関わり方)
収穫とワークショップを組み合わせ、季節そのものを楽しむ(たまに触れる関わり方)
自宅で、好きな植物を育てる。始めるところから、栽培の過程まで一緒に楽しむ(暮らしの中で育てる関わり方)
そうしていく中で、農園やお庭が、少しずつ「作業場」ではなく、「暮らしの背景」になっていくのを感じました。
このnoteで発信していくこと
このnoteでは、家庭菜園の知識や作業の話ではなく、
暮らしの中で、無理なく続いていく関わり方を探していきます。
私と一緒に取り組んでくれた方々の、笑顔の軌跡や、途中で立ち止まった時間も含めて、正直に書いていきたいと思っています。
最後に
このnoteは、完成形ではありません。
迷いながら、試しながら、書いていきます。
もしどこかで、
「これなら自分も関われるかも」
そんな感覚が生まれたら、その気持ちを大切にしてもらえたら嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
