退職代行は甘えか?昭和世代の僕が即答できなかった理由
「退職代行は甘えやろ」
同僚にそう言われたとき、正直に言うと……昔の僕なら、うなずいていたと思います。
辞めるなら自分の口で言うべきや。逃げずに、最後までやるのが責任や。
そういう昭和の価値観の中で、長い時間を生きてきました。
でも今は、その問いに即答できませんでした。
昭和世代の「正解」は、何を守っていたのか
昭和の働き方には、はっきりした前提がありました。
辞める=裏切り
耐える=責任感
自分で言えない=未熟
この考え方は、根性論だけやったわけやありません。
会社を回すため、現場を崩さないための合理性もあった。
僕自身も、その正解のおかげで仕事を続け、生活を守ってきた一人です。
だから、退職代行に対して「それはズルいんちゃうか」と感じる昭和世代の気持ちもよく分かります。
それでも今、若い世代の側に立って考えてしまう理由
ただ、今の僕は、どうしても若い世代の前提を無視できなくなりました。
彼らは、こう考えているように見えます。
我慢は美徳じゃない
壊れる前に線を引く
交渉はスキル、代行は手段
つまり、「耐えるか逃げるか」じゃない。
最初から「自分が壊れない設計」を選んでいる。
もちろん、使う側にも会社側にも、それぞれ事情はあります。
それでも、退職代行という仕組みは、甘えというより、めちゃくちゃ合理的やと思うんです。
退職代行にザワつく昭和世代の本音
退職代行にモヤっとする理由は、「マナー」や「礼儀」だけやない気がします。
たぶん、心の奥にはこんな感情がある。
自分は我慢してきた
逃げ道なんてなかった
それで通るなら、俺は何をやってきたんや
これは怒りというより、置いてきた感情やと思う。
僕自身、総集編を書きながら何度も思いました。
「ちゃんとやってきたのに、しんどさが残った理由」は、個人の弱さやなく、時代の前提の違いやったんやと。
退職代行は「逃げ」やなく「手続き」になっている
もう一つ、決定的に違うのはここです。
昭和世代にとって、退職は「感情のやり取り」でした。
上司に言う。引き止められる。揉める。消耗する。
でも今は違う。
退職代行は、感情を挟まず、摩擦を減らすための仕組みになっている。
直接言えないほど追い詰められている人がいる現実を、「甘え」の一言で片づけるのは、ちょっと乱暴やと思うようになりました。
結論:価値観の違いじゃない。前提が違うだけ
ここまで考えて、僕がたどり着いた結論はこれです。
昭和世代と若い世代の違いは、根性や覚悟の差やない。
「壊れる前に線を引けるかどうか」の違いやった。
昭和:壊れない前提で我慢する
Z世代:壊れる前提で設計する
どちらが正しい、間違っている、という話ではありません。
時代の前提が変わっただけやと思います。
最後に、昭和世代の僕から一言
テレビで退職代行を使う若い人を見て、ザワッとする気持ちが出るのは自然です。
でもそのザワつきは、「若い世代が甘い」からやなく、僕自身が我慢しすぎてきた証拠かもしれません。
ただ、退職代行を使う人に問いたい。
あなたは、その会社で十分頑張りましたか
その職場を去って、未練は全くありませんか
また、退職代行に頼る就職先を決めることになりませんか
その問いに答えられるなら、退職代行は役立ちます。
昭和の正解は、役に立った。
でも、ずっと握りしめる必要はなかった。
そう思えるようになったから、僕はもう「退職代行は甘えやろ」と聞かれても即答しなくなりました。
これは、昭和世代の僕からのお願いです。
退職代行はいつでも使えますが、そんな軽い気持ちで会社を決めないでください。
会社は、長く勤めてくれる人材を探しているのは事実です。
また、その会社で真剣で前向きに働いている人がたくさんいる。
このことだけは忘れないでください。
あなたはこの話、どこが一番引っかかりましたか。
賛成でも反対でも大丈夫なので、無理のない範囲で教えてもらえたらうれしいです。
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