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2万食の給食づくりが、人と地域をつなぐ。マラウイ共和国での学校給食支援の実際―NPO法人せいぼ 理事長 山田真人さん②

マラウイ共和国への給食支援のため、NPOを立ち上げた山田さん。実際にマラウイでは、どのように給食づくりが実践されているのでしょうか。支援の仕組みや大切にしていること、マラウイの生活風景を、NPO法人せいぼ 理事長 山田 真人(やまだ まこと)さんにお伺いしました。全3回の第2回です。

初めてのマラウイ渡航で問われた覚悟


―はじめてマラウイを訪れた時の様子をお聞かせください 

山田さん:マラウイへの最初の渡航は、正直に言って、とても厳しいものでした。思い出をつくる旅ではなく、自分の覚悟を問われる旅になりました。強く印象に残っているのは、現地の人たちが自分たちを「貧しい」とは思っていないということでした。 

マラウイでの一日は、こんなふうに始まります。朝起きて、子どもたちにシャワーを浴びさせ、妹の髪を結う。身支度が済んだら、水を汲みに行き、トイレを流す。時間に余裕があれば学校へ向かい、お腹が空いていればトウモロコシを拾いに行く。両親の畑仕事を手伝い、昼食をとり、隣の家で遊ぶ。夕食を簡単に済ませ、暗くなれば眠る。 

もし自分がマラウイに生まれていたら、きっと同じように暮らしていたのだろうと思います。 毎日の暮らしを自然なものとして受け入れ、それなりの幸せを感じながら生きるのではないか。ご飯は何かしら食べられ、教会へ行き、子どもが生まれれば命をつなぎ、与えられた役割を果たしていく。それもまた、ひとつの人生のかたちだと感じました。 けれど、そこで立ち止まって考えました。「では、自分の仕事とは何だろうか」と。そのとき浮かんだ言葉が、「選択肢」でした。与えられた環境の中で生きることは尊い。でも、もし別の道を選べる可能性があるのなら――選択肢は、多いほうがいいのではないか。そう思ったのです。

―なぜ、選択肢は多い方が良いと思ったのでしょうか? 

山田さん:人は、どんな生活を送るのかを選べるほうがいい。その選択肢は、少ないよりも多いほうがいいと感じたからです。

正直に言うと、マラウイの子どもたちには、その選択肢が限られているように見えました。もちろん、選択肢が少ないこと自体を「不幸」だとは思いません。けれど、もし学校に行けるなら、行けたほうがいいと思います。毎日の食べ物を探し歩くよりも、学校に通い、安定して給食を食べられる環境がある方がいい。お腹が満たされ、集中できる環境があれば、学ぶことができます。学び続けられれば、卒業もできる。そうすれば、将来の可能性は確実に広がります。

当時、マラウイの学校給食支援のためにすでに動いている知人やボランティア、上司がいました。その姿を見て、日本からできる支援のかたちを考えました。現地で活動する人たちを後押しするためにも、日本でファンドレイジング(※)を行うこと。その役割を担うことが、自分の仕事なのではないかと思ったのです。 こうして、私は「学校給食支援」を自分の軸に据えました。そして、NPO法人せいぼは、学校給食支援をメインミッションとして活動を続けています。

給食づくりが人のつながりをつくる。選択肢をひらく給食支援の仕組み


―マラウイでの給食支援の流れを教えてください。 

山田さん:マラウイ政府と連携し、学校給食を提供しています。その実務を担っているのが、現地パートナー団体の「Seibo Maria(以下、せいぼマリア)」です。

せいぼマリアは、NPO法人せいぼとイギリスのクリゼバック(※)から資金支援を受け、給食事業を運営しています。給食は、マラウイの幼稚園、小学校、そしてCBCC(※)と呼ばれる地域の子どもセンターに提供されています。マラウイの小学校は8年生まであり、日本でいうと中学2年生にあたる年齢までが対象です。

さらに、クリゼバックのプロジェクトとして、給食を製造する工場「SEIBO MILLS(せいぼミルズ)」を新設しました。完成した食事は、せいぼマリアのスタッフが各地域へ配送しています。現在実施しているのは、マラウイ南部のブランタイヤと北部のムジンバの2地域です。

今後は、この給食を使ってくれる他のNGOなどのバイヤーを募り、ビジネスとしての配送体制を拡大したいと考えています。配送網が広がれば、より多くの子どもたちに給食を届けることが可能になります。
 

給食を製造する工場「SEIBO MILLS(せいぼミルズ)」

 

工場で原材料が製造される


  ―給食支援を行って、現地での反応はいかがですか?

山田さん:学校に行けばご飯が食べられる。それだけで通う動機になり、実際に出席率も上がっています。家庭では食事が限られがちでも、学校給食によって食の幅が広がります。そして、学校には学びがあります。さまざまな家庭の子どもたちと出会い、家庭の外の世界に触れる機会にもなります。こうして「学校給食がある場所=学べる場所」という認識が地域に根づくことで、教育の後押しにもつながっていきます。

食事を提供する活動は、すでに多くの団体が取り組んでいます。けれど、食べ物を届けるだけでは、その先の未来にはつながりにくい。だからこそ私たちは、学校給食を通じて、子どもたちの選択肢が広がる仕組みをつくっています。

現在、せいぼマリアは約2万人分の給食づくりを行っています。ただ、せいぼマリアのスタッフは7人だけです。この人数で、全員分の給食を作ることができないので、現地ボランティアのみなさんに協力していただいています。そのボランティアというのは、学校に通っている子どもたちの“お母さん”なのです。母親同士のコミュニティの場にもなっていますね。そして私たちは、このお母さんが保育士になるための機会づくりや教育のサポートも行っています。

―マラウイのお母さんたちは、ボランティアだと収入がありませんよね。生活が大変そうです。

山田さん:決めつけはできませんが、生活は苦しいと思います。ただ、苦しいから不幸だ、とも言えないと思います。「幸せ」について、ハーバード大学の研究があります。「幸せ数値が一番高かった人は、人との関わりがとても多かった」というものです。どれだけ人とつながっているか、が重要なんですね。興味深いのが、共通の知人を介して、つながっていくことも効果的なことです。つまり、ネットワークが広い人はとても幸せだと解釈ができます。

給食づくりそのものが、マラウイのお母さん同士の知り合う機会になります。または、子ども同士が友達で、家族同士が知り合うこともあるでしょう。給食づくりや学校をきっかけに、つながることができますし、幸せを感じられる機会になっていると思います。それに、私たちだって同じですよね。生活が苦しいから外出しなくてはいけないのではないと思います。マラウイのお母さんたちも、生活が苦しいから働かなきゃと思っているだけではなく、自分の住む地域の一部になりたいという気持ちがあると思います。

―現地のことを、貧しい国という言葉に引っ張られて、悲観的なイメージを抱いてしまっていました。

山田さん:マラウイに行っても、悲観的な雰囲気はそこまでないです。マラウイにはマラウイの暮らし方があります。現地の中に入れば、「そうなんだ」となります。たしかに貧しい国かもしれません。統計的な数字が示す正しさもあると思います。でも、実際の生活と数字は別だと感じます。人は生きているので、統計的な数値と実際の姿がどうつながるか。そのつながり方はいろいろあると思います。数値どおりの場合もあれば、別の視点からだとハッピーに見える場合もあります。

例えば、GDP的な幸せであれば家庭に2台テレビがあって、それぞれの部屋で家族がそれを見ていて、外から買って来たご飯を全員で食べ、食事のあとは食洗機が全てを片付け、偏差値の高い学校のたくさんの宿題に追われる子どもと、仕事で疲れたお父さん、高級なテレビゲームで遊ぶ兄弟がいる姿にあります。それは本当に幸せでしょうか。

―学校給食や勉強など、外部が介入することに対して、どのようにお考えですか? 

山田さん:マラウイには、マラウイの暮らし方があり、すでに成り立っている社会があります。ただ、私自身の経験から感じているのが、人は周囲の環境に大きく影響を受けながら育つということです。それは、私の実家が自営業だったことが、私の性格や考え方に大きく影響しています。もし会社員の家庭に育っていたら、また違う価値観を持っていたと思います。それほどに、人は環境によって形づくられます。だからこそ、教育は重要だと考えています。

とはいえ、どんな状況でも、まずは食べることが優先されます。そう考えると、学校給食は教育へとつながる土台になる存在だと思っています。アフリカは植民地の歴史はもちろんありますが、それは乗り越えられ自分のアイデンティティとしている場合も多いです。外部の影響も含めて、その国の特徴かもしれません。


現地の人たちのためになる支援とは?


山田さん:私はマラウイを訪れ、現地の人や関係機関と交渉を行っています。その中で常に意識しているのは、「私にしかできない仕事」にしないことです。現地の人たちが、自ら覚書を交わし、学校やコミュニティリーダーと話し合いながら取り決めをつくる。そして、その合意に基づいて給食が提供される仕組みを整える。それが地域ごとに機能していくことが重要だと考えています。

また、「良かれと思って」口を出すことが、本当に現地のためになるのかは、常に自問しています。たとえば給食づくりでは、マラウイでは木のヘラを使います。食材がくっつきやすいため、鉄製に変えてはどうかという提案もありました。ですが、道具が変われば扱い方も変わります。鉄は熱を持ちやすく、火傷のリスクもありますし、調達や使い方の共有にも負担が生まれます。

外部からの提案は、立場の力関係によって「断りにくいもの」になりがちです。しかし、外から決められた仕組みは長くは続きません。だからこそ、最終的な判断は現地の人たちが行うことが最善だと思います。私たちは、決定する側ではなく、支える側であるべきだと考えています。

極端に言えば、資金が確保できれば、多くの課題は前に進みます。少し乱暴な言い方かもしれませんが、現地に安定した資金があることは大きな力になります。私たちが得意とするのがファンドレイジングであるなら、その役割に徹する。それがよいと考えています。

理想は、現地に十分な資金があり、現地の人たちが主体となって運用できることです。自ら考え、資金を活かせるチームが育つこと。そして私たちは、そのための資金づくりに集中する。それぞれが強みを発揮する形が、もっとも持続可能だと思っています。

現在私たちの支援は、現地スタッフの人件費や授業にかかる費用にも充てられています。一方で、学校給食を安定して継続していくためには、食材費に加え、調理施設や工場の整備、配送体制の構築など、さらなる基盤づくりが必要です。現状はクリゼバックからの支援によって成り立っていますが、支援規模を広げている今、組織体制の強化と安定した資金確保の両立が大きな課題となっています。

2026年2月、在マラウイの日本大使館から、学校給食用キッチン建設のための助成金を頂けることになりました。10年間続けている活動が、実を結んできているように感じます。


「やればできる、ではない。やらなければならないから、できる」


―マラウイと日本の違いをどんな時に感じますか?

 日本は、とにかくインフラが整っています。公共交通機関も充実していて、どこへでも気軽に移動できます。一方でマラウイでは、目的地にたどり着くまでに、とても頭を使います。誰かが迎えに来てくれるのか。信頼できるタクシーか。空港を通るときでさえ、チップが必要になることもあります。人を頼らなければ、移動すること自体が難しい国です。

だからこそ、人とのつながりがとても重要になります。言い換えれば、人に左右される側面もあるということです。その分、マラウイには、人のことを自然に考える風土が根づいているように感じます。

とはいえ、日本に戻れば、また別のところで頭を使っているのですが(笑)

―国ごとに気持ちを切り替えるのが大変そうです。

山田さん:マラウイに行けばマラウイになじみ、日本に戻れば日常に戻る。そうした切り替えは、いまは比較的スムーズにできていると思います。ただ、もともとは自分のペースで取り組む方が性に合っていました。コツコツと勉強をしたり、陸上やトライアスロンなどの個人競技を好んでいました。それが、営業の仕事を始めたことで変わりました。

フランシスコ・ザビエルの言葉に、「やればできるではなく、やらなければならないからできる」というものがあります。宣教に向かう際の教えです。

「やればできる」は、自分の気持ちに左右されます。でも「やらなければならない」は、自分の使命として引き受ける姿勢です。営業の現場に飛び込んだことで、その意味を実感しました。やるべきこととして取り組むうちに、それが自分の強みに変わっていったと感じます。

ミニ用語解説

※ファンドレイジング
 非営利団体などが、寄付や助成金、企業との連携を通じて、活動を支える資金を集める取り組み。

※クリゼバック(Krizevac)
 イギリスの登録チャリティ団体 

※CBCC
 Community Based Childcare Center

第3回ではマラウイの生活様式についてお聞きします!


山田さんがもっとわかる!


写真提供:山田真人
取材日:2026年1月19日
ライター:大野佳子






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