【エイブラハムショート】死について3(物質であることを超えて、アクセスできるところがある)
誰かの欠如を感じるとき、あなたは「誰かの存在」を求めるリクエストを送っています。けれど、あなたがこれまで前提として生きてきた考え方には、ひとつ欠陥があります。
それは、「もうその人はいなくなった」「本当にいなくなってしまった」という前提です。あなたは、移行を遂げた人たちのことを、「失われた」「亡くなった」「去ってしまった」と表現しますね。
でも、もし何ものにも終わりはないということ、そして、あなたは今でも、その人たちが“本質として在るもの”にアクセスできるのだ、ということを理解したら――本当に、できるのです――それは、あなたにはどんなふうに聞こえますか?
言い換えると、もし私たちがあなたにこう言ったらどうでしょう。
「あなたは今でも、その人たちと一緒に過ごすことができる」と。
ただし違いがあります。
今あなたがしている“付き合い方”と、かつてしていた“付き合い方”の違いは、彼らが今、とても高い波動の場所にいるということです。彼らは、あなたの記憶の中にいる姿のままではありません。何かに失望していることもなく、何かを心配していることもありません。そうした重たいものはすべて置いてきて、とても高い波動の場所にいるのです。
**中略**
あなたがた人間は、物理的現実に強く執着しています。見たい、聞きたい、匂いを感じたい、味わいたい、触れたい――と。そのために、多くの関係が実はもっと大きな何かに基づいていた、ということを誤解してきました。
すべての人との間には、感情的なつながりがあります。どんな関係であっても、誰との関係であっても――あなたとその人は共に、物理的な形で実現した関係以上の、もっと大きく、もっと素晴らしい“関係のバージョン”を創り出していたのです。
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