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「探究のレンズを都市に向けてみると?」言語学・路上園芸・人類学に共通する学びの視点

2025年のやっとかめ文化祭DOORS開幕に先駆け、今夏、まちを教科書に学ぶ「旅するなごや学」のプレ企画が開催されました。

8月30日、名古屋大学内の「Common Nexus LOAM HALL」で繰り広げられたのは、『探究のレンズを都市に向けてみると? 〜「知のフィールド」としての名古屋とは〜』と題したトークセッション。ゲストとして、「ゆる言語学ラジオ」パーソナリティーの水野太貴さん、路上園芸鑑賞家・ライターの村田あやこさん、文化人類学者・デザイン人類学者の中村寛さんを迎えました。

学びへの一歩を踏み出し、まちをもっと楽しむために開かれた今回の場。満席の会場には、開演前から熱気と期待感が漂います。

個性豊かな「探究のレンズ」をもつゲストの3人は、何をきっかけに探究心が芽生え、どう育んできたのか。探究心を向けるフィールドとして、名古屋はどう捉えられるのか。愛知学泉短期大学専任講師でクリエイティブ・リンク・ナゴヤ理事の古橋敬一さんがモデレーターを務め、都市で学ぶ・都市を学ぶことの意義について考えていきます。

さてさて、異なる学問領域の専門家・愛好家たちによるトークは、どう転がるのでしょう?

地域の言語を知るには、地域の歴史を知ることから

水野太貴さん(「ゆる言語学ラジオ」パーソナリティー)
1995年生まれ。愛知県出身。名古屋大学文学部卒。専攻は言語学。出版社で編集者として勤務するかたわら、YouTube、Podcastチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で話し手を務める。著書に『会話の0.2秒を言語学する』(新潮社)、『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(バリューブックス・パブリッシング)、『きょう、ゴリラをうえたよ 愉快で深いこどものいいまちがい集』(KADOKAWA)がある。

最初にマイクを渡されたのは、「言語オタク」を自称する水野さん。愛知県出身で、東京に移ってから特に地元の言葉を意識するようになり、名古屋方言を話す父の存在も探究心の芽生えに影響したそうです。

「実家では、父がお風呂から上がるときに『お先にご無礼しました』と言っていたんです。目上の人がいらっしゃるときには、『ござる』という言葉を使っていたことも。どうして武士みたいな言葉遣いをするんだろう?と、ずっと気になっていました」

水野さんは「ここからは、方言に興味をもったら、まちにも興味をもてるんだっていう話をしたいと思います」と前置きし、話を続けます。

なぜ、名古屋方言には「武家言葉」が残っているのか。その理由を調べると、名古屋のまちの歴史とのつながりが見えてくるといいます。

「名古屋は、江戸時代に清須から名古屋へ都市機能をまるごと移した『清須越し』によって誕生したまちです。その際に、武家地や町人地と、社会階層によって居住地が分けられ、さらには職業によって細かく区画も分けられました。研究者の先生に聞いた見解ですが、こうした状態が長く続いたことで、それぞれの話者集団の言葉が保持されやすい環境にあったことが推測されるんです」と水野さん。

「言葉だけを切り出すのではなく、地域の歴史や文化にも目を向けることで、はじめて全体像が見えるのだと気づかされました」と、都市の見方が変わった自身の体験を語りました。

路上の緑から、そのまちの暮らしが見えてくる

村田あやこさん(路上園芸鑑賞家/ライター)
街歩きをテーマにしたコラムやインタビュー記事などを執筆。デザイナーの藤田泰実とともにお散歩ユニット「SABOTENS」としても活動し、組み合わせると路上園芸の風景が作れる「家ンゲイはんこ」を制作。著書に『たのしい路上園芸観察』(グラフィック社)、『はみだす緑 黄昏の路上園芸』(雷鳥社)。「散歩の達人」などで連載中。「ボタニカルを愛でたい」(フジテレビ)に出演中。2025年4月より、横浜国立大学大学院環境情報学府博士課程後期に在籍。社会人学生として植物生態学を研究。

「路上園芸鑑賞家」というユニークな肩書きで、メディアでも活躍する村田さん。街角の園芸活動に注目し、愛でることをライフワークとしています。

福岡で生まれ、北海道で過ごしたのちに上京したといい、学生時代に地理学を学んだことが「地面からものを見る」という観察の視点につながったと振り返ります。

「関東に来てから、コンクリートジャングルのイメージを抱いていた大都市も、意外と道端に緑があるんだと気づきました。よく見ると、まちによって路上園芸の特徴が違うこともあって、面白いんです」

東京の中でも、大衆酒場が集まる赤羽では、植木鉢のまわりに酒瓶が並んでいたり、洗練された住宅街のある世田谷では、おしゃれなボトルが置かれていたり。

名古屋を訪れ、円頓寺商店街を歩いたときにも園芸から「街の匂い」を感じたといいます。

「上品な木造住宅の前では、竹筒を使った園芸を見かけたり、スナックや居酒屋が密集した銀座街では、やたらと鉢からはみ出る勢いの良い植物を見かけたり。どういう人が育てているんだろう?なんでこんなに広がったんだろう?と、一つの緑から想像が膨らんでいくと面白いですよね」

村田さんは路上園芸を「人と植物とが生み出した唯一無二の風景」と定義します。さらには、まちに住む人たちによる「路上で営まれる園芸」と、植物が環境に適応して生きる「路上が育む園芸」の2つの分類で観察をしているそうです。

「都市空間に育つ緑は、そこに住む人たちの生活と切っても切れない関係にあります。まちの緑と、まちの人の活動履歴の関係をもっと探ってみたくて、実は今春から社会人学生として、大学院で植物生態学の研究にも取り組んでいます」と、探究心が絶えない様子です。

人類学の知見を、身近な社会に実装してみたら

中村寛さん(文化人類学者/デザイン人類学者)
暴力、社会的痛苦、反暴力の文化表現、脱暴力のソーシャル・デザイン等の研究テーマに取り組む一方、人類学に基づくデザインファームを立ちあげ、様々な企業やデザイナー、経営者と社会実装を行う。2020年からグッドデザイン賞外部クリティーク、2023年からグッドデザイン賞フォーカスイシュー・リサーチャー、多摩美術大学サーキュラー・オフィスのプロジェクト・リーダーを務める。著書に『アメリカの〈周縁〉をあるく』平凡社、2021、『残響のハーレム』共和国、2015など。多摩美術大学リベラルアーツセンター・大学院教授/アトリエ・アンソロポロジー合同会社代表/KESIKI Inc. Insight Design。

幼少期と高校時代にアメリカで過ごしたこともあるという中村さん。民族・人種差別に関心をもったことから、人類学の視点で「都市を探究する」ことの入り口に立ったといいます。

「大学院の博士課程では、ニューヨークのハーレム地区で約2年間、フィールドワークを行いました。特に注目したのが、アフリカ系アメリカ人のムスリム・コミュニティです。暴力や社会的痛苦、そこに生じる文化表現などを研究していました」

博士論文をもとに、のちに手を加えて出版したのが著書『残響のハーレム――ストリートに生きるムスリムたちの声』。その後も、中村さんはアメリカに通い続け、写真家とともに文化的辺境や地理的辺境を旅して巡った記録を、著書『アメリカの〈周縁〉をあるく――旅する人類学』にまとめています。

「まだまだ旅は継続中」という中村さん。研究を進めるうちに「記録を残すだけではなく、自ら問題にアプローチしたい」と考えるようになったといいます。そこで、人類学の知見をもとにデザインの実践に適用する「デザイン人類学」という分野に出合いました。

「研究者・デザイナーと連携して解決の仕組みをつくり、社会実装をしていく会社も立ち上げました。現在は、いろいろな企業・団体の方々とプロジェクトに取り組んでいます」

地域振興のイベントでも「始めてはみたもののどう継続していけばよいのか、どう広げていけばよいのか」という相談を受けることがあるとか。

「ヒアリングやリサーチをしながら、チームの体制を整えて、ミッションを言語化して……と伴走しています。やっとかめ文化祭DOORSも、今年で13回目なんですよね。地域文化を伝える祭典がここまで継続的に開催できているって、驚異的なことだと思います。続けていくなかで蓄積された知見もたくさんあるのでは。名古屋についてはあまり知らないのですが、これから知ってみたいし、交流してみたいですね」

「やっとかめ文化祭DOORS」×「デザイン人類学」で何ができるか考えても面白いかも?これまでになかった視点で可能性が広がりそうです。

個性豊かな3人の共通項は「ストリート性」

ゲストそれぞれの個性豊かな視点でのお話を引き出しながら、楽しそうに頷いていた古橋さん。あらためて、探究心とはどのように芽生え、育まれるものなのか、3人に問いかけます。

「幼い頃から凝り性で、伸び伸びと育ったので、物心ついたときには探究心も芽生えていたような……。子ども時代からずっと、性格が変わっていないだけかもしれません」と答えたのは水野さん。今日のトークで気づいたこととして、「村田さんも同じ属性の方だと感じました。村田さんの路上園芸に対する見方が、僕の言語に対する見方と似ているんです」と話を展開します。

路上園芸には「人が介在するもの」と「介在しないもの」があり、これは言語も同じ。英語話者が日本に来たとき、彼らの影響によって言語体系が変化することがありますが、これは植物の生態系にも当てはめられること。言語学と路上園芸、対象は違っても、探究のレンズは似ているようです。

村田さんも「どの分野でも、細かく分類したり、ルーツを辿ってみたりすると、対象への解像度が高くなります。こうした観察から新たな広がりが見えると、どんどん探究心が深まりますよね」と続けます。

ここまでの話を踏まえ、古橋さんは「3人の共通項は『ストリート性』ではないか」と、端的な言葉でまとめました。

「目の前にあるものを面白がったり、こぼれだすもの・溢れ出すものに思わず関心が湧いて動き出したり、時にはどうしようもないものと向き合いながらもなんとかしたいと舵を取ったり。なかでも『まち』を対象としたとき、中村さんはやっとかめ文化祭DOORSが13回続いていることにリスペクトを示されていましたが、他の事例では『継続すること』にどんな難しさがあるのでしょうか?」

そんな古橋さんの問いに対し、「長期の地域イベントでは、さまざまな団体・組織、住民など、あらゆるステークホルダーが関わってきます。それぞれペースも慣習も異なるために、ディスコミュニケーションが生まれることも。そんなとき、リーダーが無理やり引っ張っても上手くいきません。対話を支える媒介者の存在が必要なんです。やっとかめ文化祭DOORSも、継続の裏には、媒介者の方々の活躍があるのだろうと察しています」と述べる中村さん。

やっとかめ文化祭DOORSは、まさに「みんなでつくる文化祭」。表には立たなくても、成功に欠かせない人たちがたくさんいます。もちろん、探究心をもってプログラムを楽しむみなさんも、文化祭の一員です。

合言葉は「勝手に」?学びのカギは、自ら動くこと

トークセッションの終盤に設けられた、質疑応答・意見交換の時間。参加者の一人からは「愛知では『路上園芸』ならぬ『路上耕作』の光景も見かけます。線路脇に畑をつくる人がいるので、『勝手に耕作しないでください』という看板が立てられていることも。こうした、都市の周縁にある泥臭さに目を向けるのも面白いのでは」という具体的なエピソードが寄せられました。これには村田さんも「知らなかった!」と驚きの表情。

中村さんはニューヨークでのフィールドワークを思い起こし、「ハーレムでは、建物に勝手に居住してしまう人、勝手に改造してコミュニティ空間にしてしまう人たちもいました。もちろん不法耕作も不法侵入もダメですが、文化活動においては『勝手に』という内発性が大切だと思います。新しい取り組みが生まれるには、熱量のある人たちが勝手に何かを始めて、周囲を巻き込んでいくプロセスが必須です」と力説します。

水野さんも「名古屋方言について特に参考にした文献も、愛知の学校の先生が『勝手に』調べ上げて地元出版社から出した本」だといい、「合言葉は『勝手に』ですね」とゲスト3人が顔を見合わせます。

2時間にわたるトークセッションも、気づけば終わりの時間に。最後に、古橋さんが「『自分から』『自分たちから』というのが、学びを始める上でのポイントなのでは。探究心を備えたみなさんと、名古屋のまちをもっと楽しみたいですね」と締めくくると、会場は温かい拍手に包まれました。

やっとかめ文化祭DOORSでは今年も、名古屋のまちなかに、たくさんの学びの扉を用意してみなさんを待っています。興味のある扉を見つけたらぜひ、自らの手で開けてみてください!

執筆&撮影:さいとう みゆき

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