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桃を桃のままで守りたかった/桃とジャスミンのパフェ

久しぶりのお菓子作り。

桃とジャスミンのパフェ

最初に口へ運ぶと、
みずみずしい桃の甘さが広がります。

少し遅れて、
ジャスミンや桃シロップで作ったゼリーの、
やわらかな香りが追いかけてきて、
ジャスミンヨーグルトシャンティの軽い酸味が、
その余韻をそっと受け止める。

どれかひとつが主役になるのではなく、

桃が前へ出ると、
ジャスミンが少し後ろへ。

ジャスミンが香ると、
今度はヨーグルトが輪郭を整える。

食べ進めるたびに立ち位置が変わるような、
静かな波を思い浮かべながら組み立てました。

そして最後、
忘れた頃に現れるラズベリーが、
桃の淡さをそっと際立たせながら、
景色に小さな輪郭を残します。

桃ジャスミンミルクベースに空気に。
桃はピューレと角切りをたっぷりと。
ジャスミンゼリーは濁らせないように。

見えないものを、つくってみたかった

桃のパフェを作ろうと思った時、
不思議なくらい言葉が出てきませんでした。

これまでは、
お菓子を考えている時から、
書きたいことが一緒に育っていくことが多かったのに。

今回は違いました。

桃の季節。

毎年たくさんの桃のスイーツを見かけます。

鮮やかなピンク。

華やかなデコレーション。

どれも素敵だなと思いながら、
どこかで少しだけ立ち止まっている自分もいました。

何に引っかかっているのか、
その時はまだ分からなかったんです。

小さめの桃をいただいた。
白ワインでコンポートに。



だから今回は、
あまり他の桃スイーツを見ないようにしました。

自分が桃を見て、
何を感じるのか。

そこから始めたかったから。

私にとって桃は、

強い色の果物ではありません。

近づいて初めて気づく香り。

少しずつ変わっていく色。

時間とともに熟して、
時間とともに変わってしまう儚さ。

その全部が、
桃らしさなんだと思っています。

ここで、全てが出会った。



だから、

ラズベリーを前に出しすぎないこと。

着色しないこと。

淡い色を、そのまま残すこと。

出来上がった時には、
理由を説明できなかった選択が、
後から振り返ると全部つながっていました。

私は桃を、
もっと桃らしく見せたかったんじゃない。

ただ、
桃を、桃じゃないものにしたくなかった。
 

儚さ。



そのことに気づいた時、

「ああ、私はこれがしたかったんだ。」

と、ようやく言葉になりました。

思い返してみると、

それは桃だけではなかったのかもしれません。

人も。

器も。

写真も。

言葉も。

私は何かを「活かしたい」というより、

その人や、その素材が、
もともと持っているものを、
失わないようにしたい。


そんな気持ちで、
選んできたような気がします。

失くしたくない。



今回作りながら、
もう一つ気づいたことがあります。

完成したパフェと同じくらい、

桃を選ぶ時間。

コンポートの出来上がりを待つ時間。

パーツを並べる時間。

食べ終わったあとの空のグラス。

そんな景色ばかり撮っていました。

昔の私なら、
完成した一枚だけを撮っていたかもしれません。

でも今は、

完成したものだけではなく、

そこへたどり着くまでの時間や、
選択の積み重ねにも、
美しさがあると思っています。

ラズベリーは下に。



「美しさは重なりの中にある。」

そう思っていたけれど、

本当は少し違いました。

美しさは、積み重なりの中に宿る。

素材。

時間。

選択。

記憶。

その全部が重なった時、
その人だけの景色になる。

だから同じものを見ても、
心を動かされる場所は人それぞれ違う。

私は、その違いが好きなんだと思います。



このパフェを作って、
余韻を閉じ込めたかった。

そう思っていたはずなのに、

最後に残ったのは、
余韻よりもっと静かなものでした。

守りたい。

その気持ちでした。

桃を桃のままで。

そのままでいてほしいと願いながら、
選び続けた時間。

その時間ごと、
このパフェだったんだと思います。

ここからが始まり。



食べることがゴールではなく、

食べ終えたあとから、
このパフェが始まるように。

その余韻が、
誰かの夏にそっと重なりますように
🫧

無駄なものなんて、なかった。

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