斜に構えていたあの時の自分を、ぶん殴りたい。「ARCO アルコ」感想
正直、最初はそこまで期待していなかった。評価が分かれているのも知っていたし、少し斜に構えながら席に座った。
あの時の自分を、ぶん殴りたい。
ちなみに「ARCO」はイタリア語で弓、またはアーチ。虹を意味する「arcobaleno」の語源でもある。
何度も空に向かっては地に落ち、その度に傷を負う彼は、名前の通り弓から放たれた矢だった。
そして「イリス」はギリシャ神話の虹の女神で、天と地を結ぶ神々の伝令。弓から放たれた矢を、地上に繋ぎ止めたのがイリスだったのかもしれない。
二人の名前だけで、もう物語の全部が入っている。オシャレにもほどがある。
台詞がなくても、愛は伝わる
序盤から映像の美しさには惹かれていた。キャラクターも背景も写実的で、三次元的な立体感がある。ただ脚本は中盤まで正直平凡で、ガールミーツボーイ的なライトな印象が続いていた。映像は良いけど、私には刺さらない子ども向けSFかな、と思っていた。
その油断が、終盤に一気に崩された。
未来帰還が失敗し、山火事の中に放り出されたイリスが目を覚ますと、薄暗い洞窟の中でミッキが壁に絵を刻んでいた。台詞は一切なかった。それでも、そこに描かれていたものだけで、濃密な愛が伝わってきて、涙が出た。
幼いイリスが、誕生日ケーキの蝋燭を一生懸命に吹き消そうとしている絵。アルコと一緒に空を飛んでいるイリスの絵。ミッキは、生まれてから今の今までのイリスの姿を、壁いっぱいに描いていた。
後者の絵が特に残酷だった。それは、イリスがミッキを置いてアルコの時代へ行こうとした瞬間の絵だ。自分を置いていくかもしれないイリスの姿を、それでもミッキは描いていた。
そこで顔半分が壊れた。「もう記憶が維持できない」とガビガビの音声でイリスに話しかけながら、それでもミッキは描き続けた。そのまま、静かに機能を停止した。
イリスの時代では、一人につき一台のお世話ロボットがつくのが普通らしい。血の繋がりはない。でもミッキはイリスの家族だった。
AIと親密になった現代だからこそ、人間と毎日を共にするロボットという概念は、もう夢物語ではなくなった。特にこの一年で、それは急速に現実に根付き始めている。だからこそ、ミッキの姿に刺さるものがあった。
たとえ、ロボットやAIの行動原理がプログラムであろうと。受け取った側の人間が、彼らの行動に救われ、人生を支えられ、かけがえのない存在になったのならば。どんなに人から指を差されようとも、それは間違いなく愛なのだ。ミッキとイリスの間には、愛があった。
好奇心は、代償なしでは終わらない
イリスだけじゃない。アルコ側にも、残酷さがあった。
アルコが時を越えたのは、ほんの好奇心からだった。恐竜を見たくて、姉のタイムトラベル用のマントを借りて飛び出した。若さゆえの勢い、子どもらしい無邪気な衝動。それだけのことだった。
でもその結果、アルコを探し続けた家族は、何十年もの時間を失った。やっと再会できた姉は中年になっていて、両親は老人になっていた。ほんの少しの好奇心が、家族の人生をまるごと変えてしまっていた。
残酷だけど、物語として美しいと思った。冒険を美化せず、時間の代償をちゃんと見せる。それがこの映画の誠実さだと思う。
そして、アルコの家族がアルコを見つけられたのは、ミッキが洞窟の壁にアルコの姿も描いていたからだった。主人公たちの冒険の陰で傷つき、壊れかけた存在が、最後に断絶を結び直した。それだけで、ミッキという存在の意味が何重にもなった気がした。
イリスの願いと、現実への帰還
序盤、イリスがミッキの隣で願いごとをする場面がある。その内容は明かされない。
終盤、別れの間際にアルコから聞かれて、イリスはこう答える。
「もう叶ってるんだ。こんなことは予想外だったけど。今の状況が何か変わりますようにって」
この台詞が、この映画の全部だと思う。
序盤のイリスにとって、「今の状況が変わること」はきっと漠然とした願いだった。退屈な日常から抜け出したい、自分の世界ではないどこかへ行きたい、そういう気持ちだったはずだ。だから未来から落ちてきたアルコは、彼女にとって外の世界そのものだった。
でも、イリスが経験したのは単なる冒険ではなかった。ミッキを喪い、アルコの家族が失った時間の重さを知り、それでも自分の時代に残ることを選んだ。
世界が変わったのではない。自分の世界の見え方が変わったのだ。
弟の世話をすること、勉強すること、アルコの家をスケッチすること。そうした日常の行為が、もう以前とは違う意味を持ち始める。あの時のイリスはもう、未来へ連れていってほしい子ではなかった。自分の時代を、自分の現実を生きる顔をしていた。
願いは叶った。でも、想像していた形ではなかった。それでも、たしかに叶っていた。
フランスアニメへの愛
この半年で、フランスのアニメーション映画に何度も驚かされた。
「マーズ・エクスプレス」「アメリと雨の物語」「ARCO」。三作品とも、映像に五感が伝わってくるような質感がある。写実的で、立体的で、画面の向こうに温度や匂いまで感じられるような作りだ。
そして三作品とも、日本のアニメーションへのリスペクトが強い。「マーズ・エクスプレス」はAKIRAや攻殻機動隊といった日本SFアニメへの敬意を随所に感じる、人間×アンドロイドの近未来バディものとして傑作だった。
「アメリと雨の物語」は日本が舞台で、日本人へのラブレターのような作品だった。「ARCO」もまた、そうした系譜の中にある。
そして共通しているのが、フランス映画らしい硬派さだ。ご都合主義のハッピーエンドではなく、現実的な喪失を誠実に描く。夢のような非日常を経験した後で、それでも現実に帰ってくる。その着地が、どの作品も好きだ。
たまげる機会の多い上半期だった。フランスアニメ映画、これからも追いかけていこうと思う。

