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部活って誰の為?

部活って誰の為なんでしょうか?

娘は中学3年生で今年受験です。

クラブ活動は今月の20日の試合を最後に引退します。

毎週土曜日、大会によっては日曜日にも遠征して試合にでてきました。
1年生の頃は、足が速いという小学生ののりで100mを専門にしました。
2年生になって顧問が変わりました。
毎日、練習メニューを作ってくれる先生で厳しいけど、記録もあがって喜んでいました。
しかし2年生の後半になって文句を言うようになりました。
そして3年生になり、部活を辞めたいと言うようになりました。
6月いっぱいで中三は引退します。
だからそこまでとりあえずやめるなと言いました。

それで、愚痴は聞いてやっていたのですが、致命的なことを言われたそうで、ここでは何が良くないのか?日本の部活は。について徹底的に書いてみたいと思います。

ところで
人は歳をとると、とくにジョギングやヨガ、スポーツジムなど始めたりしますが、多くの人は試合にでて勝負したいとは考えません。
(野球やサッカーなどの団体スポーツは抜きにして)

ほとんどの人が若い時に比べて体形が変わった、体力が落ちた、などの理由で体力の向上やメタボ対策、アンチエイジングが目的だったりすると思うのです。

そしてランニングなどはまった人は大会にでたりするレベルになると、学生時代では得られなかった喜びを得て、またさらに速く走ろうとがんばったりします。

それは学生時代になかった喜び。

ではなぜ、学生時代にそういう喜びが何故得られなかったのか?

そこが今日のメインテーマです(本題に入るまで長い!)

かくいう私は中学高校と部活にはいい思い出がありません。
(大学は文科系のクラブだったので楽しい思い出しかない)

なぜ、学校の特に体育会系のクラブでは、大人になってから味わえるスポーツの喜びを感じられないのか?


結論から言うと、勝負にコダワル。からです。

その昔、2位じゃだめなんですか?と質問した政治家がいました。

多くの批判を浴びましたね、その意見に対して。

その是非はともかく、これがスポーツの世界では、至極当たり前のように、2位ではだめなんです。1位のみが評価される。

オリンピックでも、金は評価されても、銀は評価されないどころか敗者扱い。マスコミも含め、本人も敗戦の弁として涙を流す。

一方、銅メダルは、メダルを取った!ということで、4位じゃなかったからよっかったね~みたいな感じ。

どちらにしろ、1位至上主義。

1位が王様なら、2位以下は敗者。

戦国時代なら敗者は首を取られ、一族は全員あの世へ。

その流れが、なぜか学校という場所、特にスポーツという名のもとで、似たようなことが起きているのです。

マラソンなんてどこが楽しいの?とほとんど人が学生時代に思ったのは、ただただ苦しいからです。

ランニング中に会話なんてもってのほか。

まるで軍隊のように走らされます。(掛け声の強要はまさに軍隊)

こんなことを生徒に強要するのは、生徒を兵士にでもするとき以外、考えられないことですが、お前らのためだ!といって、先生は怒鳴りつけます。

まさに、学校は兵士養成所。

もともと学校というのは明治では工場で働くための養成所みたいな役割もあったし、戦後でも633制はアメリカの押し付け。

立派な働き手として養成する場所であり、そこでは奴隷のように同じ制服、同じ飯、そして時間を小刻みに分けて、数学、英語、体育、理科、飯、音楽、国語、そして一度入部したら他のスポーツは出来なくなってしまうという単科のクラブ活動。

そこは週休2日制になっても、クラブだけは6日制の獄門。

倶楽部によっては日曜日も朝8時から夕方5時までやるところもあり、生徒は勉強の時間をどんどん削られてゆく。

青春をスポーツに捧げた。

というと綺麗に聞こえるけど、勝利の為に
中学高校という貴重な時間を、犠牲にしてた。

とも言えるのです。

その6年間で、何冊、本を読みましたか?
映画は何本みましたか?
家族と、どれだけ旅行に出かけましたか?
家のこと、どのくらい手伝いましたか?
地域でどのくらいボランティアをしましたか?

勝利という美談(美酒)の為に、これれ10代でやってほしいことを、クラブがあるからといって、やってこなかった、やらなくていい、などという免罪符にしてきませんでしたか?

今年、8月から先生が土曜日のクラブ活動をすることは廃止されます。

娘の陸上部の先生も、昨年から顧問になった人ですが、それまでの先生が生徒の自主性にまかせてやらせていたらしく、目標となる数字を掲げてメニューを作って生徒に毎日(それこそ6日連続)させるという今の顧問がやってることはありませんでした。

だからけが人も少なかったかわりに、勝つことを至上主義にもしてないので、強豪校でもなかった。強い子は他に民間の陸上倶楽部に入っているので、学校はそこまで練習を強要していなかった。

ところが、現在の顧問は1年目から細かなメニューを作り、それを絶対として、少しでもこなさなければ怒る、出来る子出来ない子を差別化して、試合に出す、出さないを決める。一度種目を決めたら簡単には変えられない、など生徒の自主性に任すどころか、先生が絶対となり、何から何まで先生が決めてゆくという体制になりました。

娘は休むと内申書にも影響がでると思い、毎日つらくとも練習をしてきて、校外遠征も、遠い、電車賃がかかる、など急に土曜日に遠征が増えたので、帰ってきてからも遊ぶ時間も勉強する時間もなくなってしまい、たまに生理が重い(お腹が痛くて血の量も普通の子より多い)ときでも、痛み止めを飲んで頑張ってきました。

それなのに、結果がでないからと、試合に出なくていいよ、あ、急に種目かえるの無理だから。と生徒の要望も聞いてくれません。(部員全員です)

そして最近の事です。

一年生が大量に入部して大所帯になったせいでしょうか。

先生は真面目に練習に取り組まない生徒にブちぎれして、ついにやめてしまえ!などという暴言を吐いたそうです。

そして自分が朝4時起きで、みんなの為にメニューを毎日作ってるのに、なんだその態度は?俺が頑張ってるのは、みんなの為なんだ。と言ったそうです。(そういう言動そのもがおかしい。結局、自己満足なんですよ、先生個人の。がんばって評価されたいのは先生自身!お前のほうだ!)

私は諸事情もあり、思うように部活ができませんでした。
(経済的な理由もありましたし、命に係わる病気も)

私の中学の担任はバスケの顧問で体育の先生(当時24,5歳の女性)でしたが、なにも言いませんでした。(そのぐらい、私の身体はアレルギーのせいで運動自体が危ない(生死にかかわるアナフィラキシーショック)状態だったからなのですが、先生もとてもやさしく、勉強もうるさいことは言いませんでいた。

今の学校は、部活だけでなく、勉強もうるさい。

部活を強要するのに、勉強も、夏休みや冬休みが終わる前にチェックされます。(学校が休みの時に)

だからお盆の時以外は、日曜日以外は、毎朝、7時半に部活してました。

給食もないから、毎日疲れ果てて、帰宅したら2,3時間寝てからご飯を食べるという生活です。親は仕事してるから家にはだれもいないという家庭は多いです。

先生は、そういう夏の暑い時期でも、水一つおごってくれません。
(ボランティアだからといってしまえばそれで終わりですが、先生は給料もボーナスも一般の企業よりも多いし年金も退職金も一流企業並みなので同情しません。自分で好きで先生になったんだから)

でも昼ご飯の時間をとっくにオーバーして水のみしか飲んでない生徒が、帰りは自転車にのって市外から帰ってくるわけです。
帰りに事故でもあったらどう責任とるんでしょう?
自転車で市外にあるグランドまで朝早く来させて、昼過ぎ(2時とか3時になるときもある。昼飯なし)帰りにへとへとになって帰ってきます。
事故になってもおかしくないです。

だからこそ、いっそのこと、土曜日だけでなく、クラブ活動はすべて外部でもいいと思っています。(専門家による指導と現地まで往復する際の大人の動向義務)よく中学生の集団が大通りを走ってるのを見ると、事故なければいいけどなと思います。列に突っ込む車もしるし、大通りは大型トラックも走ってる。列が長くなると、一番後ろの子は無理してついてゆくし)

お金かかるじゃないか!という意見は最もですが、お金出したくないなら、やらなければいい。

別にスポーツなんて自由でいいのだから、テニスだけーとか陸上だけーとか一生やるわけでないし、オリンピック目指してるやつは、そもそも公立のクラブ活動なんてやってないでしょう。

試合だって、いまだって有料だし、ウエアだってシューズだって高いです!

だから娘にはセカンドストリートで見つけた1000円~2000円までの靴で我慢してもらってます。

まともなスパイクを買ったら、1万5000円から2万円は当たり前の世界。

毎年、何足も家庭なんてそんなにありません。

だったら、クラブ活動を、お前らの為だとか言われて、無理にお金も時間も犠牲にして、結果主義でやらされて、タイムが遅ければ試合にも出れない、ケガしたら3年間棒に振るなんてなるよりも(実際、オスグッㇳの子も多いし、十字じん帯断裂の子もいる)、プロがしっかりと、心のケア、体のケアをしっかりやり、練習過多による怪我の抑制(休養をしっかりとらせる仕組み)。そして結果主義ではなく、レベルに合わせて試合に出す(3年間一度も試合に出れないなんて悲劇を減らす)など、工夫ができると思うのです。

その為に、地域を巻き込んだ生徒たちの指導する人たちが必要になってききますが、無償でやってくれといって、その道のプロがそんなに来てくれるでしょうか?

ないです。ほぼ皆無。

でもこれができれば、メリットとして、陸上部に入ったからテニスも出来ないなんてこともなくなります。

私はどこのクラブにも属していなかったので(中高時代)、自由でした。

それでも高校の時は50mで6.3秒で走れたし30㎞走の大会(高校の行事)でも、1000人以上いた生徒の中で100位内に入れました。

もし自分が一つの部活だけやってたら、結果ばかりに意識がいって、ケガばかりしてたでしょうし、敗者だったら、一生ぬぐえないような心の傷をおっていたかもしれません。

最初に書いたように、大人になってからのスポーツは、そもそも目的が違います。テニスだってランニングだって、誰かに勝ちたい訳でやってるわけではありません。どちらかと言うと、自分に課した目標達成に喜びを感じ、仲間とビールを飲むとか(特にゴルフ)いう楽しみの為にやっているのです。

学生、特に中学生は毎日がんばっても、先生は褒めてくれません。
結果を出して初めて褒めます。

練習中に私語を許しません。
大人なら私語を話しても誰も咎めません。
マラソンなら話しながら走っても、むしろそれは肺活量を増やし、いい練習だとされます。(LSDは友達と話しながらやるの方が効果的)

しかし学校で、ゆっくりしゃべりながらランニングしてたら、先生は目を三角にして怒鳴るでしょう。

おまえら、話しながら、ちんたら走ってるんじゃねぇ!

いや、ゆっくり走るのも、練習になるんですよ!

毛細血管発達するし、ミトコンドリアも増えます!

水曜日は休養にしましょう。

土曜日の試合に向けて休養も必要ですよ!

たまには楽しく、みんなでわいわいやりましょう!

リラックスが何よりも重要なんですよ!

緊張して(結果ばかり求めてるのであ)、肩が硬くなると、肩甲骨が動かなくなって、タイム落ちます!

そんなこともわからないような素人が部活の指導するから故障者がでて怪我人がでるんですよ!

そして女子は生理ときは休むか、軽いメニューにしてください。

女性の先生も入れてください。

デリカシーのない男の先生をどうにかしてください!

以上です。

追記:
だいだいおまらの為だ!という指導者にろくなもんはおらん!

AIでも正しい意見を言ってる。
いっそこと、先生もAIの方が、まだましだよ
(自己顕示欲が強くてセクハラモラハラ発言する先生よりね)

AI による概要

「お前らのためだ」という言葉の裏には、実は発言者自身のストレス発散やコントロール欲求が隠されていることがほとんどです。本当に相手のためを思っているのではなく、自分の都合を正当化するための便利な「嘘」として使われるケースが非常に多い心理的トリックです。 

この言葉に潜む本質や、なぜそれが嘘だと言えるのか、いくつかのポイントに分けて深掘りしてみましょう。

なぜ「お前のため」と言ってしまうのか?

  • 自己保身と支配欲:相手をコントロールしたい、あるいは自分の思い通りに動かしたいという欲求を隠すため。

  • ストレスの正当化:単に自分がイライラしている(感情的になっている)事実を認めず、怒る理由を相手の成長にすり替える。

  • 責任の押し付け:「お前のためを思って言っているのに、なぜ改善しないのか」と、相手のせいにできる便利な免罪符になる。 [1, 2]

「本当に相手のため」である時の特徴

本当に相手のためを思っているアドバイスや指導には、次のような明確な特徴があります。感情的な押し付けとは全く異なるものです。

  • 感情的にならない:怒鳴る・威圧するのではなく、冷静かつ建設的な提案である。

  • 見返りを求めない:相手がそのアドバイスを受け入れるかどうかを尊重できる。

  • 具体性がある:ただダメ出しをするのではなく、どうすれば改善できるか具体的な道筋を示す。

  • 相手の立場に立っている:相手の性格や状況、キャパシティを考慮している。

嘘に振り回されないための対処法

「お前らのためだ」という言葉を鵜呑みにして自分を責めたり、無理に納得したりする必要はありません。

  • 「自分のため」と言い換える:相手が「お前のため」と言ったら、脳内で「私がイライラしているから」「俺の言う通りにしたいから」と翻訳してみる。

  • 客観的な事実だけを抜き取る:理不尽な感情論や人格否定は聞き流し、改善すべき点(指摘された事実)だけを冷静に受け止める。

  • 距離を置く:あまりにも頻繁にこの言葉でコントロールしてくる相手であれば、心理的・物理的に距離を取ることも自分の心を守るためには必要です。 

表面的な言葉の優しさに惑わされず、その裏にある相手の真の意図や心理を見抜くことが大切です。





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