「学校で教えれば分かる」幻想
何かというと「学校でこれをやるべき」論が出てきますが,別にこれはSNS以前からあった話かと思います。不愉快ですが,最近だと「古文・漢文をやめて金融をやるべき」とかありました。
この手の「これをやるべき」論の背後をはじめ,別の文脈も含め感じることとして「学校で一度教えれば分かるようになる」というものがあります。しかし,どうして学校で教えれば分かるようになるのでしょうか。けっこう不思議に思うんですが,そんなに学校で教えたことかそうでないかで違うでしょうか。
第一,私たちの多くは高校までは出ていますが,漢字,元号,英単語,どれだけ覚えているでしょうか。2次方程式の解の公式はどうでしょう?まあこれらはいわゆる暗記物に偏っているので話としてズルいです。
むしろこういう理想(幻想?)を語る方々の背後には「学校で教える」ことが持つ権威性が欲しいのかなと思います。つまり,自分が大事だと思うものは価値があり,それは学校教育で扱われることが保障しているということです。もしくは「学校で習ったのに知らないのか!」と説教したいとか。
一度教えたら理解しその後間隔が空いても使えることがいかに幻想かは私自身も大学教育での「2年次プロブレム」として取りあげています。
やっぱりこういう「学校で教えれば分かるようになる」なんてのは幻想だってこと,学校で教えるべきですよねー。
