「AIが書きました」にモヤモヤする ― 「AI疲れ」の正体を考えてみた
最近、「AI疲れ」という言葉を聞くことが増えました。
私の「AI疲れ」としては、AIみのあるPowerPointなどの資料を見ると、読む気がなくなってしまうアレルギー反応のようなものを感じることがあります。
しかし「AIで作った資料が嫌」なのかというと、私自身もAIは毎日のように使っています。調査や資料作成のたたき台、記事を書くときの壁打ちなど、仕事でもプライベートでも欠かせない存在です。AIを使うこと自体には、何の抵抗もありません。
では、私は何が嫌だったのでしょうか。今後AIで作られたアウトプットを見たり、また自分がアウトプットする際にモヤモヤを与えないためにも、違和感を言語化したく、ChatGPTと壁打ちしながら考えてみることにしました。
ChatGPTと壁打ちしながら考えてみた
以下のような入力から、壁打ちが始まりました。
※以降は私のChatGPTとのやりとりを抜粋して掲載します。
👩💻(筆者):
AIに書かせた文や資料を読みたくなくなる。どうしてかを考えたい。
思いつくこととしては、
・スタンスを持たないことが嫌
・その人の思いが見えない
・クオリティと分量が比例しない
・情報の誤りは減ったものの少しある
またAIの出力を使うことと、本を参考文献として使うことは違うのか?
自分の一次情報ともつなげて考えていきたい。
考えを整理する問いをいくつか出して、会話したい。
🤖(ChatGPT):
読んでいて、「AIの文章が嫌い」ではなく、「AI時代における情報の信頼性をどう判断するか」という話をしているんだな、と感じた。
今回は私が答えを出すというより、一緒に考えを掘る役になってみます。
読む気がなくなった経験は?
🤖:
「AIが書いたな」と感じて、一気に読む気がなくなった経験は何でしたか?
さらに知りたいのは、「どの瞬間にAIっぽいと感じたのか」です。
例えば、
・具体例がない
・質問すると答えられない
・一文一文は正しいけど、何を伝えたいのか分からない
など。
ここで一つ補足すると、私は「AIっぽい文章」と「AIを使った文章」は別物だと思っています。この問いでは「AIを使ったか」ではなく、あなたが”読む価値がない”と感じた瞬間を集めたいです。
👩💻:
調査資料、提案書
ある提案書を作成していて、PJのメンバーから内容の詰まったパワーポイントが送られてきたが、全てAIで作ったものであり、内容をまだ見切れていない、方向性を考えきれていない、として出された。なのでこの資料をどうして欲しいのかが分からなかった。note、ブログ、X
AIっぽい投稿が増えたが、これはその臭いを感じたら読むのをやめれば良いのであまり不快ではないし、そうなるだろうなとは思ってはいた。
SNSは、過去の記事や発言とも照らし合わせて読み進めるかは決める。偶然流れてきた投稿がAIっぽかったら読み進めない。AIっぽくても、他の投稿などで人間性がわかる人のものは読む。文体や体裁でAIだと気づく。あとは内容にその人としての考え方の癖や、着眼点のような一貫性がない時かな。
🤖:
話を聞いていて、「読む」という行為を二段階に分けていることに気づきました。
あなたはまず「読む価値があるか」を判断している。
「内容をまだ見切れていない、方向性も考えきれていない」と言われた時点で、あなたの中では「じゃあ私は何をレビューすればいいの?」となる。つまり中身を読む前に、読む価値を失っている。
信頼は文章ではなく「人」に向いている。
あなたが言った「過去の記事や発言とも照らし合わせる」これがヒントですね。
つまり、一つの記事だけ読んでいるわけじゃない。その人が今まで何を書いてきたか、何を大事にしているか、どんな経験をしているか、という文脈込みで読んでいる。だから、AIっぽい文章でも、その人の延長線上にあるなら読める。逆に、初見でAIっぽかったら読む理由がない。
つまり、その記事単体ではなく、今までの発信や経験を含めて「この人らしい」と思えるかどうか。AIは、毎回ゼロから最適化するので、その連続性が消えやすい。
結論があっていれば良いのか?
🤖:
ここで一つ、少し意地悪な問いを投げてもいいですか。
あなたは、「考えた跡」があれば、その結論が間違っていてもあまり腹は立ちませんか?
例えば、「市場規模をこう見積もったんですが、今見ると計算を間違えていました。」みたいな資料。
一方で、結論はたまたま合っていても、AIがそれっぽく作っただけで、本人は根拠を説明できない。
この二つなら、どちらの方が信頼できますか?
👩💻:
根拠をしっかり確認するところまでやってほしいですが、考えた痕跡がある方が私は良いですね。
🤖:
今のところ、私はこんな仮説を持っています。
AIによって「文章を書くこと」は簡単になった。でも「考えたことを示すこと」の価値はむしろ上がった。
これを一緒に検証していくイメージで進めましょう。
考えた痕跡とは?
🤖:
あなたは「人が考えた痕跡」に価値を感じると言いました。では、その「考えた痕跡」は、具体的に何を見れば伝わると思いますか?
例えば、
・独自の問いを立てていること
・「ここは仮説です」と限界を示していること
・過去の発信との一貫性があること
など、
どれが特に重要だと思いますか。
👩💻:
その人の大切にしていることなど独自の問いを立てていることと、自分の思考の限界を示せていること。
🤖:
今まで「スタンス」と言っていたものが、もう少し具体的になりました。
あなたが信頼する文章には、少なくともこの2つがある。
① その人ならではの問いがある
ここでいう問いは、「何について書くか」ではなく、「その人は何に引っかかる人なのか」です。
だから、たとえAIが文章を整えていても「あ、この人だ」と分かる。
逆にAIだけで書いた文章は、問いが平均化される。
② 思考の限界を示せる
あなたは「間違っていてもいい」と言いました。つまり、「どこまで考えたか」だけじゃなく、「どこまで考えられなかったか」も重要なんですね。
これは研究論文でもそうです。良い論文ほど、「限界」「今後の課題」「仮定」を書きます。逆にAIは、全部分かったように書いてしまう。
実は、この2つには共通点があります
少し抽象化すると、どちらも「思考の輪郭」が見えるということなんです。
輪郭というのは、
何を大事にしているか(問い)
どこまで考えたか(根拠)
どこから先は分からないか(限界)
が見える状態。
だから読む側は「なるほど、この人はここまで考えた上でこう結論付けたんだな」と理解できる。

私の読み方が変わったのか?
🤖:
あなたは以前、「AIで資料を作ること」そのものには肯定的でしたよね。でも、最近「AIに書かせた文章が読めない」と感じるようになった。
もしかすると、その変化はAIの性能が上がったからではなく、あなた自身の読み方が変わったからかもしれません。
「AIが変わった」のと「自分の読み方が変わった」の割合でいうと、どちらが大きいと感じますか?
👩💻:
読み方が変わったのかもしれない。
というより、私もこうしてたくさんAIと会話しているので、AIの資料をそのまま送られるだけだとAIと会話していればいいので、追加の価値がない感覚かな。
🤖:
つまり、あなたは「情報」ではなく「付加価値」を求めるようになった。
昔は、人が調べてまとめた資料には価値がありました。なぜなら、自分ではそこまで調べるのが大変だったから。でも今は、ChatGPTや他のAIに聞けば、数分で業界分析、財務分析、要約、比較まで出てくる。
だから、AIだけで作れる情報には希少性がなくなった。
AIが人間を再現できるようになったら、その文章を読みたいか?
🤖:
最後に、一つだけこのテーマをさらに深くできそうな問いを置いてみます。
もしAIが、人間のスタンスや過去の発信、経験まで完全に再現できるようになったら、あなたはそれでも「人が書いたもの」を読みたいと思いますか?
もし「それでも人がいい」と思うなら、その理由は何でしょう。逆に「それならAIでもいい」と思う部分があるなら、その境界はどこでしょう。
👩💻:
自分のコピーのようなAIを作ってそれと一緒に何かすることが当たり前になる時代が来たら、それはそれでいいです。
その人に深くカスタマイズされたAIであれば、自分の見ているAIとは違う回答を返すはずであり、その情報を得られることは得になると思うので。
🤖:
実は今ので、「人かAIか」ではなく、「情報の独自性があるか」に価値を置いていることが分かりました。
最初、私は「人の思考の痕跡」に価値を感じているのかなと思っていました。でも、もう少し正確に言うと違いました。
あなたが価値を感じるのは、自分だけでは到達できない思考に出会えることなんですね。
パターン①:AIが一般的な回答を書いた
→ 私もChatGPTに聞けば出てくる
→ 読む価値がない
パターン②:その人が経験を踏まえて考えた
→ 自分にはない視点がある
→ 読む価値がある
パターン③:その人専用に育てたAIが、その人の価値観や経験を反映して答えている
→ 私のAIとは違う答えになる
→ 読む価値がある
つまり、あなたはAIを嫌っているわけでは全くない。「情報の差分」があるかどうかを見ている。
あなたが最初に「本は違う気がする」と言っていました。今なら理由が説明できます。
本って、一般論だけ書いてあるものは意外と少ない。著者が何年も研究したことや、何百件も観察したこと、人生で積み重ねたものが詰まっている。だから読む価値がある。
考え方の違いはどこから生まれるか?
🤖:
ここで次に考えてみたい問いがあります。
あなたはさっき、「私のAIと違う答えを返すなら価値がある」と言いました。
では、その違いはどこから生まれると思いますか?
例えば、
・学習データ(経験)
・価値観
・問いの立て方
・検証の仕方
・優先順位
いろいろありそうです。
👩💻:
学習データ(一次情報、出来事、感情の動き、周囲の変化など)
価値観(問いの立て方、優先順位につながる)
次のアクション(検証の仕方)
考える順序やプロセス(細部にこだわるか、全体像を見るか、など)
🤖:
一つ気づいたことがあります。あなたが挙げた4つって、全部「知識」じゃないんですよ。
整理すると、

つまり、将来のパーソナルAIは「その人の知識」ではなく、「その人の思考システム」を持つようになる。
あなたは最初、AIに書かせた文章が読めなくなった、と言っていました。
でもここまで話してきて思うのは、あなたが読めなくなったのは「思考システムが見えない文章」なんじゃないでしょうか。
情報そのものじゃない。その情報が
・どういう経験から来て
・何を大切にして
・どう考えて
・次に何を試そうとしているか
が見えない。だから価値を感じない。
虚しい感情の正体は?
👩💻:
考えがまとまってきた。
じゃあ「AIが書いたから、自分はよくわからない」って言われた時の、自分はこの人と何を一緒にやればいいんだろう?この資料をレビューする意味は?っていう、虚しい感情はどういうことなんだろうか。
🤖:
そこ、実はすごく人間的な感情だと思います。
ここまで話してきて思うのは、怒りよりも虚しさや喪失感に近い気がします。
いくつか言語化を試してみます。
① 一緒に考える相手がいなくなった感覚
レビューって本来、「あなたはこう考えたんですね。私はこう思います。」という思考の交換ですよね。
でも、「AIが書いたので私も分かりません。」と言われると、交換する相手がいない。AIの出力だけが置かれている。
だから、「私は何と向き合えばいいんだろう。」という感覚になる。
② レビューではなく、代わりに考える仕事になってしまう
これは仕事として結構大きい。
本来レビューって
・前提を見る
・抜け漏れを見る
・観点を足す
仕事。
でも、本人が考えていないと、レビューではなくゼロから一緒に考える仕事になってしまう。
それなら、最初から私もAIと壁打ちした方が早い。
③ 「あなた」と仕事をしている感じがしない
例えば、AIが資料を書きました。本人も「私もよく分かっていません。」と言う。すると、私は誰と仕事をしているんだろう?AI?資料?あなた?という感覚になる。
本来仕事って、成果物だけじゃなく、相手の思考と一緒に進めるものだから。
④ 相手を理解する機会がなくなる
これは少し哲学的ですが。レビューって、資料を見るだけじゃなく、その人を理解する時間でもある。「この人はこういう観点で考えるんだな。」「この人はこの数字を重視するんだな。」そういう積み重ねで、チームになっていく。
でも、AIの出力だけだと、その人が見えない。だから、少し寂しい。
👩💻:
「相手を理解する機会がなくなる」は近いかも。
ストレングスファインダーでも、私の上位資質には「個別化」があって、チームの中でその人の得意なことを活かすような采配が好きなんですよね。
AIだけで作業をされると、その人をチームにどう置いたらよいのか分からなくなるのかも。
🤖:
それは今回一番大きな発見かもしれません。
今まで話してきた内容が、あなた自身の価値観につながりました。
あなたは昔から、人を評価するときに「成果物」を見ているんじゃない。
「思考の特徴」を見ている。
例えば、
・この人は数字を見るのが得意
・この人は論理を組み立てるのが得意
・この人は人の感情を拾うのが得意
そういうものを見て、「じゃあこの役割が合うな」と考える。これはまさに個別化ですよね。
ところがAIが入ると、成果物は立派。でも誰が何を考えたのか分からない。
すると、その人の能力が観察できない。だから、配置も育成もできない。
これ、人事やマネジメントにもつながる。AIが成果物を作るようになると、評価しやすいようで、実は人の能力が見えにくくなる。
だから今後は、成果物だけではなく、
どんな問いを立てたか
どう考えたか
どんな役割を担ったか
を見る評価に変わるかもしれない。
そして、ここでストレングスファインダーの「個別化」が出てきたのは偶然ではない気がします。私はむしろ、あなたがAIに違和感を持った理由を説明してくれたと思いました。
「個別化」の資質が高い人は、「人それぞれの違い」に価値を感じます。
だからAIで平均化された成果物を見ると、「誰が作っても同じ」に見えてしまうこと自体が苦しい。
これはAIへの反発ではなく、あなたが人の違いを大切にするからこその違和感なんですね。
まとめ ― 壁打ちの振り返りと、これから大事にしたいこと
壁打ちの内容は以上です。ここまで壁打ちしてみて、最初に感じていた違和感の正体が少し見えてきました。
ここからはこれまでの内容のまとめと、AIを使ったアウトプットにあたって自分なりに重要だと感じたことを書いていきます。
「思考の輪郭」を示す
私は、AIが作った文章や資料そのものが嫌だったわけではありません。自分のAIに聞いても得られるような情報だけが並び、その人自身が何を考えたのかが見えなくなることに、価値を感じられなくなっていたのだと思います。
では、その人ならではの価値はどこから生まれるのか。
今回の壁打ちでは、一次情報、価値観、思考のプロセス、そして検証の仕方などが出てきました。何を経験して、そこから何を感じ、何を大切にして、どう考え、次に何を試そうとしているのか。
そうしたものが積み重なって、その人なりの「思考の輪郭」ができていくのだと思います。
そのため、文章そのものを人間がゼロから書く必要があるとも思っていません。自分の経験や価値観を十分に与え、自分なりの問いを持った上でAIに書かせるのであれば、それもその人のアウトプットなのだと思います。
AIで「平均化」するのではなく、「底上げ」する
一方で、AIに考えるところまで丸ごと渡してしまうと、その人が見えなくなります。特にチームで仕事をする上では、これは大きな問題なのかもしれません。
私は仕事をしながら、メンバーの得意なことや重要視していることなど、その人の考え方を見るようにしています。それを知ることで、得意なことを任せたり、チームの中で力を発揮できる場所を考えています。
AIによって成果物だけがきれいに平均化されると、それが見えにくくなります。私が感じていた虚しさは、「この人と何を一緒にやればいいのかが見えない」という感覚だったのだと思います。
もちろん、AIによって苦手なことを補ったり、一定の品質まで引き上げたりすることは有効ですし、むしろ広がるべきだと思っています。ただ、みんなを同じような考え方に「平均化」するためではなく、それぞれが持っている思考を「底上げ」するために使いたい。

AIが当たり前になったからこそ、「何を大切にしているのか」「何が得意なのか」「どこから先は分からないのか」という一人ひとりの感覚は、今まで以上に大切になるのかもしれません。
