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川村亘平斎のペタペタラジオ#1(ゲスト:神谷知里さん)


ー川村亘平斎のペタペタラジオー
全国各地でフィールドワークをしながら、土地の記憶を手がかりに影絵芝居を作り続ける影絵師・音楽家川村亘平斎が、各地で出会った人たちをお招きして、制作中の影絵芝居や土地のこと、音楽のことなどをお話しします。「peta」はインドネシア語で「地図」という意味。こちらのnoteでは、Podcastで放送されているペタペタラジオを文字起こしして写真や映像とともにお届けします。
Podcastはこちら川村亘平斎ウェブサイトはこちら


ペタペタラジオ第1回はじまる

川村:ということで始まりましたペタペタラジオ。川村亘平斎です。
まずは僕が何者か、という自己紹介をします。

ー川村亘平斎ー
インドネシア・バリ島の伝統影絵【ワヤン・クリット】を現代的な文脈で捉え直し、新たな芸能のカタチを模索し続ける影絵師。世界各地で影絵と音楽のパフォーマンスを発表しています。日本各地でフィールドワークやワークショップを行って、土地の記憶を手がかりに影絵作品を製作。その他、切り絵、壁画、映像作品など幅広く活動しています。ガムランを使った音楽ユニット【滞空時間】の主宰でもあります。 

川村:それで、影絵師という謎の職業の人間が、なぜポッドキャストを始めたかといいますと…いろんな場所に行ってその土地を調べて、土地の人たちと一緒に新しい影絵芝居をたくさんつくって、いろんな人に見ていただいています。
実はそこで調べた出来事とか出会った人たちとかがめちゃくちゃ面白いんですけど、パフォーマンスとかその周りでなかなかお知らせすることができないと。影絵芝居の裏側でなにが起きているかとかどんな人と会ったとか、そういう話をこのポッドキャストで随時配信していきたいなと思っています。

各地でフィールドワークをして、その土地の影絵芝居を制作している

初回ゲストは小豆島から、神谷知里さん

川村:それではさっそく記念すべき第一回目のゲストはですね、一般社団法人ポーラスデザインラボ所長、神谷知里さんです。ようこそー!

神谷:よろしくお願いしますー。第一回ですね。 

川村:よろしくお願いします。まずは神谷さんのプロフィールをご紹介します。

ー神谷知里ー
香川県・小豆島在住。地域づくりとキャリア支援の仕事を通して、好奇心と創造性が人の生き方を豊かにすると確信。「つくること」を通して土地の知恵や文化を掘り起こし、世界中の断片、生き物、未知と繋がることでコミュニティの生態系を多孔質(ポーラス)にして、暮らしの在り方を拡張する一般社団法人ポーラスデザインラボを運営しています。2020年から小豆島・福田集落で4年間、影絵芝居「福田うみやまこばなし」などを制作、本年は直島で新作影絵を上演予定です。
ポーラスデザインラボの情報はこちら

一般社団法人ポーラスデザインラボ所長 神谷知里さん

川村:ということで、神谷さんとは今のプロフィールにあったみたいに何年も影絵芝居の制作でいろいろ関わりを持っているんですが。その前がありますね。

神谷:そうですね、もう本当になんだかんだ10年以上じゃないですか。 

川村:神谷さんがそのとき東京いましたもんね。 

神谷:そうですね、まだ20代の若造だった頃にご一緒させていただいて…。 

川村:あれ、そんな若かったっけ。北千住ですよね。

神谷:そうですね、北千住で音をテーマにしたアートプロジェクト、今も継続されているんですけど。それをやっていたときに川村さんがゲストのお一人でプログラムに参加してくださっていて。そのときが最初だったと思います。

川村:そのときなんの企画やったんでしたっけ?

神谷:川村さんに出てもらったのは、チャーリー・ウィリアムスさんとの企画(千住ミュージックホール)で影絵の演出をしてもらったり。あと、外山明さんと一緒に、体育館全体で真ん中にスクリーンを置いて、お二人で演奏と影絵をやって子どもたちがそこに参加するっていう。 

川村:小学校の周年事業みたいなやつでしたね。

神谷:わたしたちのほうに「周年事業やりたいんだけど、だれかアーティストいませんか?」ってことでお声がけいただいて。

川村:むちゃくちゃぶっこんだ企画でしたよね。小学校の周年のライブでフリージャズのドラマーと影絵師が即興ライブやるっていう(笑)。最後、子どもたちも巻き込まれて影絵のなかで踊るみたいな感じになっていましたね。

神谷:川村さんと外山さんが歩きながら演奏されていたのを、子どもたちが追いかけてスクリーンのまわりでぐるぐる回り出して、最後、どこか連れてかれるんじゃないかって(笑)。

川村:すごい世界でしたよね。それで、神谷さんは今は小豆島に住んでいる?

神谷:そうですね、香川県の小豆島という離島に住んでいます。 

川村:小豆島めっちゃ良いとこですよね。

神谷:ほんとうに皆さんぜひ来てもらいたい。

2020年に生まれた小豆島×影絵の取り組み

川村:僕も何回も行っていますけど、これ聞いている人も絶対行ってほしい場所ですけど。まず小豆島に行ったのはどういうことでいったんでしたっけ?

神谷:出身は静岡県の西側の山のほうなんですけど。田舎育ちだったこともあって、大学から東京に出てきて30代前半くらいまで東京にいたんです。ですけど、なかなかやっぱり、東京で自分が暮らしていくことのリアリティがずっと掴めないままいたのはありまして。
東京で家族ができて、自分のコミュニティができて…みたいなことにリアリティがなかったんです。東京で今後も暮らすって決めるとか実家に帰るとかって前に、「どっか地方に行きたいなー」というのがありました。
仕事を探していたら、たまたま瀬戸内でアートの島として有名な直島で美術館運営をしているところで社員の募集がありました。応募して、瀬戸内での暮らしをやってみようかなっていう挑戦をして。割と思いつきで来たんですけど、そこから長いこと住んでもう5年目になるくらいですね。

川村:1年目は小豆島担当みたいになったんですよね?

神谷:そうですね、小豆島の施設が他の美術施設と違って、アートプロジェクト的な仕事だったので私のキャリアを見ていただいて担当してくださいってことで。小豆島の福田地区という小さな過疎地域の集落にある廃校のプロジェクトです。

川村:僕が初めて呼んでもらったのって2020年でしたっけ?

神谷:2020年ですね、ちょうどコロナの時期で。

川村:そうなんですよね、すごく大変なときにプロジェクトが始まって、「島に来ないでー」みたいなときもあったし、「いやもう落ち着いたからおいでー」みたいなときもあって。いろいろでしたけど、あのときは神谷さんは島に行って1年くらい経っていたんでしたっけ?

神谷:そうですね、1年目が2019年の瀬戸内国際芸術祭をやっていて、それが終わって次の瀬戸芸のタイミングに向けてどういったことをこの場所でつくっていくのかという話のなかで。
福田集落のなかにある地域資源というか価値みたいなものとか魅力をどういうふうに顕在化していくのか。そこに人を巻き込むのかみたいな課題が出てきたときに、川村さんと影絵のプロジェクトをやっていくことでそういうのができるんじゃないかというのが自分のなかにあって。提案させていただいた流れだったと思います。

川村:僕が一回打ち合わせ行ったときには神谷さんが島のおっちゃんとめっちゃ仲良くなっていて。3年4年いるのかなって思うくらいすげー仲良かったんですけど、あれ半年くらいであれぐらい仲良くなったってことだよね。

神谷:そうですね、わたしともう一人担当に韓国出身の女の子がいたんですけど。2人とも幸いにして酒が飲めたので(笑)。

川村:笑

神谷:福田地区は船乗りさんが多い地域なんですけど、酒が飲めるやつはいい女だっていう(笑)。

川村:なるほどなるほど。それで、「よりす」って飲み屋さんで夜な夜な飲んでいたんですね。 

神谷:最高な飲み屋さんで。

川村:最高な飲み屋ですね。この放送聞いた人には必ず行ってほしいですね。僕が行ったときはもう神谷さんはだいぶ地元の方たちと仲良くなっていて。いろんな場所に行くんですけど、やっぱり地元の人たちと、僕みたいなアーティストを繋いでくれる神谷さんみたいなポジションの人…こういう人のことはなんていいますか?

神谷:アートプロジェクトのなかではコーディネーターって呼びますね。

川村:コーディネーターの人のスキルって非常に重要で。神谷さんは地元のおっちゃんたちとツーカーだから「じゃあ、もう、ちい(神谷さん)が言うならここ行くか」みたいな感じでいろんなところに連れて行ってもらうというか。道なき道をいく4年間でしたよね本当に。

神谷:本当にフィジカルな意味で道がないところに行っていた感じでした。

土地のなかで物語の断片と出会う

川村:各地で影絵芝居をつくるときにいろんな場所を具体的に歩きます。図書館にも行くんだけど本を調べるっていうよりも、そこの土地をですね、歩いて自分のなかで地図をつくるみたいなのがすごく重要で。
地元をよく知っているお年寄りとか子どもたちでもいいんですけど、そういう“水先案内人”がいないとなかなか歩けないですよね。そのときに神谷さんが仲良くなった宮本さん…宮本さんは自治会長さん?

神谷:そうですね、たーちゃん(宮本さん)は自治連合会長。

川村:たーちゃんがものすごくいろんな土地の記憶を持っているし、会長さんだから宮本さんが「行くぞ!」ってなったら宮本さんの舎弟のおじいちゃんたちがわらわら来て、一緒に鉈鎌を持って道のないところを刈りながら進んでいく(笑)。そういう体験をいろいろさせてもらいました。あれ、すごいですよね。

神谷:それも結果そのようになったというだけで、最初は一生懸命私たちも文献にあたっていたんです。だけど、福田っていう集落には物語がたくさんないというか小さな物語だけだったので、これをどうやってふくらませていくのかというのは最初にぶつかった壁です。

川村:そうなんですよね。コロナっていう大きな世界的な問題もあったんだけど、福田での4年間でずいぶん自分でもののつくり方が変わったなっていうのがあります。
福田はいわゆる民話が全然残されていない場所。漁師が多いからあんまり記憶を文字化しないというか、残しておく文化がそんなにないんだろうなっていうのをフィールドワークをしながら感じたんですけど。
物語のないところで物語をつくるというか…。今まではどっかにあった龍神伝説とかどっかにあった舌切り雀みたいな、例えばそういう話を使うってやっていたんだけど。福田でつくった3作品は基本的に芯になる話は全然なくて。小さい話を僕の想像で補ってくっつけていくみたいな。そういうつくり方をし始めたのは小豆島の経験からでしたね。だから、いろんなところを歩き回ったなーって思います。 

神谷:川村さんいろんな地域で制作されていますけど、物語の残し方というか残り方って地域で全然違うものですか?

川村:違います。かなり違う。すごくおおきくいうと、中国地方より西は、沖縄はちょっとわからないけど、九州とか中国地方はすごく古い物語が残っていますよね。古事記みたいなやつとかそれより前のやつとかかなり残っていて。
関東地方に残っている物語は戦国時代より最近だったりとか。あとは、富山でいっぱい作品つくっていますけど、富山はいろんなよくある話がミックスされていて。富山の薬売りみたいな語り部になる人が、いろんな地域に行って富山に戻ってきて新しい物語を仕込んでくるみたいな。そういう物語の交換があったんじゃないかって推測しているんですけど、地域性がありますね。

神谷:なるほど。 

川村:能登の人たちも漆の人が漆器を全国に売りに歩いていたって聞いていて。そういう人たちは他の場所に行って、僕みたいに物語を仕入れて持って帰るみたいなことをやってるようなんですね。そういう感じがする。
瀬戸内は船で移動しているからそういうことがあっても良さそうなんだけど、そもそも海に住む人たちって、海ってめちゃくちゃ気持ち良いから「まぁ、いいかー」ってなっちゃう(笑)。話をとっておく必要がないというか、それよりも今日の魚を獲ろうっていうね。過去のものを蓄えておくよりも、今日なにかを手に入れようって動きが強い感じがしますね。

「メノウをとって遊んだんだよ」

神谷:コロナのときに、川村さんが一切島に来られないなか遠隔で地域のお年寄りにインタビューしてもらったり、こっちで調査したものを渡したりみたいな形で福田の情報のやり取りをずっとやっていましたよね。その年は発表できなかったので、映像収録で影絵をやって翌年にクラウドファンディングで資金をもう1回集めて上演するということをしました。
コロナの合間を縫って川村さんが小豆島に来てくれて、宮本さんの船に乗って福田の対岸にある小島っていう小さな島に行ったんですよね。宮本さんがいろいろお話しをしてくれているときに、ちょうど鳥が船の前をすーって通っていって。川村さんが「鳥がすーっていくのを見るだけで全然情報量が違う」って。「このなかにぜんぶ入っている」っていうお話をされていて。
やっぱり実際にものを見て、吸収していくことがすごく大事なんだなっていうのがありました。宮本さんともそのときにやっとお話しすることができて、小島の上から宮本さんが福田を外から見ながら「あそこにめくら坂って坂があってな、メノウの洞窟って洞窟があるんだよ。おれたちそこでメノウをとって遊んだんだ」っていうことをいきなりぽろっと言ったんですよね。

川村:うんうん。

神谷:それまで一生懸命聞いてもそんなお話しでてこなかったのに、雑談をしながら喋っていたら急にそういうことがぽろっとでてきた。なんですかそれは?っていうことで、そこに連れて行ってくださいっていったのが始めだったかなって思います。

川村:ああ、そうですね。めくら坂っていうところのメノウの洞窟に湧いている泉で目を洗うと、目の見えなかったお母さんお婆ちゃんの目が治ったっていうすごい伝説がね。どこの文字資料にも残っていない宮本さんしか知らないかもしれないすごい伝説があって、それ絶対見に行かなきゃっていって。完全に道のないただの崖ですよね。そこを登りましたよね。

神谷:山登りって聞いていたのに実際やったの藪漕ぎでしたね(笑)。

川村:ドラクエだったらドゥンドゥンっていって進めなくなるところですね。それをゴム長靴を履いたじいちゃんたちが鉈鎌でがっさがっさ行って。「たしかこっちやーこっちやー!」って感じで1時間くらい登っていくんですよね、その調子で。

神谷:鉈と鎌が一体化した刃物を持ってね。

川村:そうそう。すぐ横が崖で危ないところを行くと、小豆島って石材の島なのですごい断崖絶壁がばこーんって現れて、そこに確かに洞窟のような穴があいていて。その時にちゃんとメノウの原石があったんですよね。これは本当感動したな。

藪漕ぎしながらめくら坂へ入っていく

神谷:本当にこの道であっているのかな?っていうところを歩いていくんですよね。だけど、途中途中にお遍路さんの札、遍路って書いてあったり、がんばれみたいなことが書いてあるカードが木にくくりつけてあって。確かにここは道だったんだねって確認しながら行ったら、お地蔵さんが…。

川村:そう、お地蔵さんが倒れていた。直したよね、あのお地蔵さん。

神谷:倒れていて、おじいたちと一緒に元に戻して。

川村:あれ、ゲームが進むシナリオだよね(笑)。ロープレ感すごかったもん。ゲームだったら、<カチっと音がしたぞ>っていうコマンドが出てくるやつね。

神谷:ゴゴゴッてね。

川村:あれはすごかった。放送を聞いている人、道を想像しているかもしれないですけど道はまじでないですから。山道の国道を通っていて、左手に崖が見えるなっていう、そこです。それを歩いている完全に。なんにもないところね。

神谷:お地蔵さんもあったし、近くに古銭みたいなのも落ちていたから間違いなくここはお遍路の道だったんだってわかって。洞窟じゃないのかっていう小さい穴みたいなのはあるんだけど、メノウの石自体をはっきりとこれだってものはその時見つけられなくて。「どこだったかなー」っておじいたちも言いながら探してくれたんだけどいったん帰るかって山を下ろうと思ったら。そのなかの一人が「なんかこの石、変じゃない?」って。

川村:「割ってみよか?」みたいにね。

神谷:宮本さんは「そんなところにあるわけない」って歩き去ろうとしていたんですけど、メンバーの一人が「これかも」って急に言って。私たちも「割ってください!割ってください!」って割ったら、手の平いっぱいに乗るくらいの大きな石だったんですけど、本当にメノウだったんです。

川村:割らないと外側は白いから全然わからないんですよね。割ると中が黄色い。

神谷:外側はまったくただの石にしか見えないんですけど、割ったら結晶化している。

↑実際に見つかったメノウ
↓小島でのフィールドワークの様子

出来事を道しるべに歩いていく

川村:そうそう。物語に話を戻すと、鳥が飛んでいることとか石を見つけたこととか、実は全然脈絡ないんですよ。物語って起承転結があるとか文脈があるってことを想像しがちなんだけど、出来事は突然訪れるんですよね。それがなぜ訪れたかっていうのは僕らにはわからないんです。
だけどその僕らにはわからない文脈を踏んでいるんだけど、それは無数にあるからわからないんです。でもなぜか石に出会ってしまった、鳥が目の前に飛んできた。そういう出来事そのものがすごく大切な気がしていて。その出来事を影絵で再現できないかなとか。頭で起承転結をつくった物語はあくまでもフィクションですけど、石を見つけた出来事を物語化していくと事実とファンタジーが融合した状態になる。そうするとそれを見に来た人は事実にタッチできるっていうかね。
つくられたものを見るというよりも見たことが出来事になるというか。体験そのものになる。そういうのがすごく大事だし、影絵は割とそういうことができるんじゃないかなって思っているんですよね。

神谷:道なき道を福田で歩いているときに川村さんが「私たちは歩いているんだけど、結局は歩けるところを歩かされている」っていう話をしていて。さっきの物語も一つ一つは繋がっていない断片なんだけど、気が付くとそれが連なりを持った物語として繋がっていくみたいなところがすごくあるのかなって思います。

川村:あると思いますね。小豆島の道なき道、本当に道のないところを歩く体験ってそんなにできないじゃないですか。岩ごつごつの上を歩いていくと自分はまっすぐ歩きたいと思っていても結局岩の上しか歩けないから岩を選ばざるをえないんですよね。選んでいるのは自分なんだけど、その岩に選ばされているともいえます。それは小豆島で強烈に感じましたよね。
物語っていうのもきっとそうだなって思うんです。「このように物語を進めたい!」と思っても、そうではないところに文脈のない出来事がつながっていると、僕の勝手気ままに物語は進んでいかない。フィールドワークをどうしてもしたいのは、やっぱりその文脈から切り離されたいろんな出来事に出会いたいんですよね。
それを道しるべに歩かされていったそのルートが物語になるから。それが体験としても面白い。結果、それはなにか人に届くんじゃないかなって思うんですよね、どこかしらが。

神谷:そのメノウの洞窟を題材に影絵をやったときに、島のおばあちゃんたちとか子どもたちが川村さんがつくった物語としての出来事の連なりに引き寄せられていくというか。かつて自分が体験したなにかと繋がりを持って、そのことに親近感とかある種の慕情を持ちながら喜んで感想を言いに来てくれたこともすごく印象的でした。

川村:「こんなこともあったよね。メノウの洞窟ってカップルでいくところだったよね」とか、そんな話をしていましたよね。

神谷:ちょっと照れながらおばあちゃんが話してくれて、良かったですよね。

川村:もう忘れちゃっていたのか、人にはあえて言わないことなのかわかんないですけど、事実というか記憶とファンタジーが接続すること、僕の体験と島の人の体験がそこで繋がること。それは同じところに一緒に行くのともちょっと違うレベルで繋がるじゃないですか、一回物語化すると。それはすごく深いところにいくなと思いますね。

(本記事内で使用されている公演写真は作家提供です)

神谷さんゲスト回は#2に続きます。2024年に新たに始まった直島×影絵のプロジェクトについて詳しくお話ししています。ぜひご覧ください。

福田うみやまこばなし2020の影絵動画を以下よりご視聴できます。

2022年に小豆島の福田地区で実施した影絵と音楽のイベント「葺田夜祭」の記録映像はこちらからどうぞ。

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