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3割しか伝わらない「言葉」の世界で。【#一言で表せない感動】

ひとことで表せる感動は、ひとこと分の感動しか人に伝えられないような気がします。

文章をつづり、誰かに届けること。それは思ったよりもむずかしい。

曖昧な「気持ち」や「想い」は、言葉にした瞬間に、実際よりもずっと小さくなってしまう。

言葉は本質的に不完全なもの。
伝わる情報が圧倒的に少ない表現形式です。

たとえば、あなたの家のテーブルの上にある「リンゴ」。

「リンゴ」と一言で表現するのは簡単です。

でも、大きさ、色合い、あまずっぱい匂い、手に取った時のひんやりとした感触、ずっしりとした存在感。

そのディティールをすべて言葉で再現するなんて、まず不可能です。

仮に書き切ったとしても、重要ではない情報は読み手にとってノイズですよね。

「伝えるべきこと」だけを切り取る過程で、雑多で曖昧な部分は消えてしまいます。

だから、言葉を使って組み立てた「メッセージ」が、100%そのまま相手に届くことなんて、あり得ないんですよね。

むしろ、読み手が受け取るのはせいぜい30%くらい。残りの70%を自分自身の「心」や「経験」で補完しながら読んでいます。

その70%次第で書き手の想いを逸れ、全く別の形で伝わってしまうことも。

だから本質的に、公開された文章は書き手と読み手の二人がそろってようやく完成するものなのです。

「書いたことは100%理解してもらえるはずだ」という期待は、私たちの過大評価に過ぎない。素人でも、日々実感させられます。

だから書くことは、時にひどく虚しい。


そんなある日のことでした。
私なりに考えた「人が生きる意味」について書いた記事。

繊細なテーマなので、「書いて良かったのかな」と不安になっていました。

でも、たまたま自分の名前で検索した時、私の記事を引用してくれている投稿を見つけたのです。

そこには、こう書かれていました。

「この人の記事をきっかけに、自分の『生きる』ことに対する考えが、人と違うのかもしれないと気づいた。最初は理解できなかったけど、色んな人に聞いて、私なりに考えて自分なりの答えを見つけた」

私が書いたことを、100%受け止めてもらったわけではありません。

でも、私の言葉という30%をきっかけに、ご自身の70%と照らし合わせて、自分だけの課題に気づき、実際の成長にまで結び付けてくれた。

100%伝わるわけではなくても。……いいえ、30%しか伝わらないからこそ、自分なりに昇華してくださった。

書き手と読み手が紡ぐ最高の形で、文章が完成した瞬間でした。

この時の、ひとことでは到底表せない感動。今でも忘れられません。


この記事は、「わたしの日々が、言葉になるまで」(Eテレ)さんのコラボ企画に参加させていただきました。
 9月21日(日) いっぱいまで応募可能なので、皆さんも「#一言で表せない感動」について書いてみてはいかがでしょうか。

最後までお読みくださり、 ありがとうございます。


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