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「どうせ、まぐれだから」が口癖になっていませんか? 幸せを遠ざける心のレンズの歪み

自分の記事にたくさんの「スキ」がついたのに、素直に喜べない。
誰かに褒められても、「お世辞を言っているんだろうな……」と、かえって裏を読んでしまう。

noteを使っていたり、普段の生活を送る中で、そんな経験はありませんか?

この記事はそんなあなたに向けて、書きました。

【この記事はこんな人におすすめ】
・褒め言葉を素直に受け取れない方
・自分の成功を「運が良かっただけ」と考えてしまう方
・良いことがあっても、なぜか喜べないと感じる方
・「認知の歪み」について知り、心のクセを直したい方


こんにちは。
メンタルケアマガジン「それでもきっと、だいじょうぶ」へようこそ。

私たちのものの見方や感じ方に、知らず知らずのうちに影響を与えている「認知の歪み」。
このマガジンでも、大切な概念として何度か取り上げてきました。

「認知の歪み」についての解説

今回はその中から、「ポジティブなことの過小評価」、つまり良い出来事を無視したり、割り引いて考えてしまったりする心のクセについて、一緒に見ていきましょう。

なぜ、良いことを「なかったこと」にしてしまうのか

「まぐれでうまくいっただけ」と考えて、あえて喜ばないようにする。
この経験、誰しも一度は覚えがあるのではないでしょうか。

特に日本では「謙遜」や「謙虚さ」が美徳とされる文化があります。
だから、「たまたまだよ!」と謙遜することが、いつの間にかクセになっている方が多いのですね。

それに、自分のがんばりを認めて「私、えらい!」と評価を上げたあとに失敗すると、「やっぱり私はダメなんだ……」と余計にがっかりしてしまいますよ。

それが嫌だから、あらかじめ「喜ばないようにする」「謙虚でいようとする」。

これは、自分の心を守るために身につけた、大切な生存戦略でもあるのです。

でも、この「歪み」が強くなりすぎると、人生に起きるあらゆる出来事を「マイナスの方向に転換」してしまったり、「いいことがあっても心から喜べない」という状態に陥ってしまいます。

それは、本来受け取るべきだった人生からの「贈り物」を、自分自身で拒否してしまうようなもの。

そして、恐ろしいことに、一度身についた思考のクセは、自分ではなかなか制御できなくなるのです。

「いいことが起きた」→「たまたまだろう」
「褒めてもらった」→「お世辞に違いない」

こうした思考が、私たちの意識に「自動的」に滑り込んできて、止められなくなります。

ぜひ、次に客観的に見て「いいこと」が起きた時、自分の心の声に耳を澄ませてみてください。

「たまたまだろう」と言っていますか?

それとも、「本当にうれしい! がんばってきて、よかった!」と思っているでしょうか。

どちらの思考も、あなたが「そう考えよう」と意識して選んでいるわけではないことに気づくはずです。

それは、まるでお湯をかけられたら「熱い!」と感じたり、足をぶつけたら「痛い!」と感じたりするのと同じレベルの、自動的な「反応」なのです。

私の場合と、完璧主義

私自身も、あまり「喜ぶ」のが得意な方ではありません。
特に、物事の成果や結果に対しては、本当にシビアになってしまいます。

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