学校に行けなくても、だいじょうぶ。
はじめに。
この記事は不登校を助長したり、推奨する意図はありません。
ただ、様々な理由から学校に行けず、未来を悲観的にとらえている当事者や、そのご家族など周囲の方に、みんなと一緒ではなくても、人生はいつからでもやり直せるという希望を持ってもらえたらという意図で、書いています。
私は不登校児でした。
小学校は休みがちで、中学校は1年も通っておらず、高校は入学すらしていません。
でも、最終的に高卒認定を取って専門学校に進学したあと、ITエンジニアとして就職し、現在に至ります。
※高等学校卒業程度認定試験(高卒認定試験)とは、高校生程度の学力を証明する資格です。これさえ取得すれば、高校に行かなくても大学等に進学できます。昔は大検と呼ばれていました。
(なお、私が不登校になった理由については本題と逸れるため、ここには書きません。でも、もし興味があれば、この記事で触れています。)
学校に行かない、行けない理由は人それぞれですよね。
学校は、一般社会と比べると、少し特殊で閉鎖的な環境です。
自由に転校やクラス変更も難しく、一度人間関係や勉強の下地構築に失敗してしまうと、抜け出すのが難しいんですよね。
和を以て貴しとなす。
これは素晴らしい日本の精神だと感じますが、社交を強制するような仕組みが辛い人も多いでしょう。
私もそうです。
それでも学校に行くことのメリットは色々とあると思います。社会はいろんな人とのコラボレーションです。他の人と同じような教育を受けて、育ってきたということ……これが結構、後になって利いてくるんですよね。
だから、行った方が、大人になってから「社会に適応」しやすい。
これは確かです。
でも、もしどうしても苦痛で、死んだ方がマシなどと思い詰めるぐらいなら、命がけで行く必要は無いのではないかと思うのです。

学校に行かない、という選択
なぜなら、こと勉強だけ切り取ってみると、人によっては小学校から高校まで自己学習や塾などで補えるからです。今なら動画などで学習を補うこともできますし、AIもある。昔と比べれば、学習の幅は広がっています。
自己学習が難しい方もいますけれど、小学校から中学校までは、1日も通っていなくても卒業できます。
義務教育の義務というのは、親が子供に教育を受けさせる義務であって、子どもに対し課されるものではないんですね。子ども自身には、教育を受ける権利があるだけです。親にしても、「能力に応じて」だから、今がその子にとって良い環境でないのなら、能力に応じた環境を整えて、なんとか対処するということが大切です。
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
したがって、もし出席していないからと卒業資格を与えないなどということになれば、問題になるのは小学校、中学校の方です。
だから普通に卒業させてくれるし、なんなら親切に証書もくれたりします。
高校は、今はN高などもあります。
ひいろさんも、N高について書いておられました。
ぜひご覧になってみてください。
それも難しければ、高卒認定を取得すれば進学には問題ないです。
(※これは秘密ですが、大検という言葉でほとんどの人がイメージするほど、難しくありません)

高卒認定と就職活動
高校に行かず高卒認定で済ませると、履歴書に空白ができます。
心配になりますよね。
でも、実体験として、面接では「家庭の事情で……」などと言っておけば、さほど突っ込まれません。
私が就職活動をした頃というのは、あまり社会情勢も良くなかったのですが、大きな会社ではないけれど、正社員で入社できています。その後も基本的には正社員として勤務しています。不況で非正規雇用がどうのというのは、私にはどこか遠い話に聞こえていました。
これは、ITエンジニア業界が基本的に人手不足だったという事情もあると思います。
そんな私の実感としては、書類選考で弾かれなければ、あとは口八丁でなんとかなるのが就職面接。
面接で問われるのは主に「短時間でコミュニケーションが問題なく取れるか」ということ。そこに困難がなければわりと有利だと感じます。
むしろ、「この子は高校に行っていないけれどコミュニケーション力はあるんだな」ということで、プラスになることもあるかもしれません。
私自身は、自分をアピールするのがさほど苦手ではないタイプです。
(言語化が得意で、空気は読めないけど喋っちゃう…。)
だからこそ思うのですが、なんでも物は言いよう、捉えようなんですよね。
ただ、新卒採用の場合、空白期間については、8割突っ込まれます。だから突っ込まれた時の前向きな説明は用意しておいた方がいいでしょう。

自由な人生
まとめると、小中は最悪行かなくても卒業できる、高校はN高もあるし、それも難しいなら高卒認定。
大学や専門学校は小中高ほどの社会的な負荷はないし、行かずに就職する手もある。
なんとでもなるのです。
どうでしょうか。
なんだか、なんとかなりそうだな、と思っていただけたら嬉しいです。
「学校に行けない」ということだけを取って、その後の人生が真っ暗だと考える必要はないのです。大人になった時、社会がどうなっているかは誰にも分かりません。もっと生きやすくなっている可能性は常にあるんですよね。
未来を悲観的に考えるのも、楽観的に考えるのも、自由。
なら、楽観的に考えた方が、幸せになれそうじゃないですか?
だから、ただ、日々を耐えしのぶだけでもいい。一日ずつ。
生きていてほしい。
「明日がどうなるかは分からない」
いつか状況が変わって、「やりたい」と思っていたことができるようになるかも。もしくは、無理して学校に行ったり、働かなくても生きていける世の中になるかもしれない。
未来に何があるかは分かりません。
だから、良くなることを願ってみることもできる。
これを読んでくれた方が、どうか希望を捨てずにいてくれることを願います。
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