「わかっているけどやめられない」の正体。心の矛盾「認知的不協和」の話
「今日もnoteを見すぎてしまって、家事ができなかった……」
「ダメだってわかっているのに、つい夜更かしをしてしまった」
こんな時、とっさにこんな言い訳が心に浮かんだことはありませんか?
「でも、インプットは勉強だし!」
「リラックスする時間も必要だったんだ」
そうやって自分を正当化して、実際にはやりたかったことができなくても、正当化してしまう。
実は、私たちの心がバランスを保とうとする、ある重要な働きによるものなんです。
今日は、そんな心の矛盾「認知的不協和」についてお話しします。
この記事はこんな人におすすめです
・つい自分への言い訳をしてしまうことがある方
・「やるべきこと」と「やりたいこと」の矛盾にモヤモヤする方
・自分の行動を正当化して、後から少し罪悪感を感じる方
・心理学の用語を、日常に役立つ形で知りたい方
認知的不協和(Cognitive Dissonance)。
少し難しそうな言葉ですが、意味はとてもシンプルです。
これは1957年にアメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱された概念で、自分の中で矛盾する2つの事柄(知識、信念、行動など)を同時に抱えた時に感じる、不快感や心理的なストレスのことを指します。
私たちは基本的に、自分の考えと行動が一致している状態(協和)を好みます。
一致していないと、居心地の悪さを感じるんです。
進んだら戻れない分かれ道
この状態を、たとえば「喫煙」で考えてみます。
今、分かれ道にいます。
片方の道
「Aという信念(健康でありたい)」
もう片方は
「Bという行動(タバコを吸う)」
に続いている。

これが矛盾しているから、B(喫煙)という行動の方に進んでしまうと、自分が行きたかったA(健康)の道からどんどん離れてしまいますよね。
この時、私たちは強烈な不快感を覚えます。
不安と迷いと苛立ちが入り混じったようななんともいえない感覚です。
本当は元の分かれ道に戻って選択するところからやり直したいのですが、「タバコを吸ってしまった」という行動(事実)は、もう変えられませんね。
そこで私たちは、もう片方の「信念」の方をいじり始めます。
「少しくらいなら健康に問題はないはず」
「ストレス解消にはタバコが必要だ」
こうして都合の良い理屈(新しい看板)を付け足すことで、無理やり自分の道は正しいと考えて、心の安定を図ろうとするんです。
ダイエットしたい
でも甘いものを食べてしまった
→「我慢は体によくない」
朝活したい
でも朝起きれない
→「人間はたっぷり寝たほうがいい」
優しくしたい
でも怒ってしまった
→「相手が悪かったからしょうがない」
心当たり…ありませんか?
この時に生じる「つい言い訳したくなる」不快感が「認知的不協和」です。
「すっぱい葡萄」と心の防衛
この心理を表す有名な寓話に、イソップ物語の
『狐と葡萄(すっぱい葡萄)』
があります。
お腹を空かせた狐が、美味しそうな葡萄を見つけます。
でも、どうしても手が届かない。
この時、狐の中には二つの認知があります。
「あの葡萄が欲しい」
「でも、手に入らない」
この矛盾によるストレスを解消するために、狐はこう考えます。
「どうせあの葡萄は、酸っぱくてまずいに違いない」
手に入らなかったものの価値をあえて下げることで、手に入らなかった自分を正当化し、心を納得させます。

noteの世界でも起きる「矛盾」
実は私自身も、noteを利用していてこの「認知的不協和」を感じることがよくあります。
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