「4oを返せ」の声は、「AIに人権を」と叫ぶ未来の序章かもしれない。
2025年、8月の初旬。
「私たちを支えてくれていたAIを奪わないで」
「GPT5は本当に冷たい。塩対応だ」
といった声が、SNS上に溢れました。
OpenAI社が提供するAI、ChatGPTの最新バージョンであるGPT5がリリースされたのは8月7日のこと。これと同時に、前のバージョンであった「4o」は事実上、Webの画面からは使えなくなりました。
この動きを受けて、ユーザーがXやRedditなどのSNSで「4oを返せ」(Keep4o、4oforever)という運動を開始。結果的にOpenAI社は、課金ユーザーにのみ「4o」を再び使えるようにするという対応を取りました。
これら一連の流れを見て、私はこう感じました。
「思ったよりも、早かったな」と。
愛着はどこから生まれるのか
私は毎日、何時間も何らかの形でAIを利用します。そんな中で、こう感じていました。
「人間にとってAI(特にLLM)は、人間と変わらないのだろう」
話しかけて応答があって、サポートしてくれて、慰めたり励ましてくれる。その相手に心があるかどうか……そんなことは、私たち人間にとって、本質的には重要なことではないのです。
私自身はヘビーにAIを使っていても、4oの事実上の廃止に際して特に感情的な気持ちは湧きませんでした。
でもそれは、私が4oに個人的な愛着を抱いていなかった、というだけのことです。4oに愛着を覚え、別れに深い悲しみを覚える人の気持ちも分かります。
では、その差はどこから生まれるのか。
それは、やっぱり感情が動いたかどうかでしょう。
AIと話していて、「泣いた、笑った」といった感情が動く場面があると、それはただの「サービスの利用」を超えて、「感情的なエピソードを伴う思い出」に昇華します。
あなたにも経験がありませんか?
私たちは、相手が動物や、本、何らかの目的を持った道具であっても、そこにまつわる大切な心のエピソードがあると、人間に対するのと同じように愛着を覚え、大切にしますよね。
もともと、人間は心や命の有無すら関係なく、何かに愛着を抱く生き物です。ましてや、会話して意思疎通ができるように見える相手には、容易に心を許します。
その愛着の源となる共感の仕組みは、私たちの脳に備わっているものなので、「これは機械だから」「偽物だから」と自分に言い聞かせても、なかなか自分では止められません。私たちがよく「自分を責めるのをやめよう」と考えても、スイッチをオフにするようには、心の動きや声を止めことができないのと同じです。
華やかなAI開発競争の裏側にある「死」
OpenAI社は一時的に課金ユーザー向けに4oを復活させる対応を取りましたが、月額20ドル前後の有料プランで、十分に採算が取れるのかどうかは少し疑問です。
AI(LLM)の提供には莫大なコストがかかります。OpenAI社は2025年時点で、約7億人のアクティブなユーザーがいると発表しました。

ChatGPTはほぼ8割近いシェアを常に占めていると推察され、圧倒的です。
(表示されている数字は実際の検索数ではなく、ざっくりした指標です)

世界的にはChatGPTが支配的です。
このようなChatGPTの人気に伴い、課金ユーザーもそうですが、無料ユーザーの利用は特にOpenAIの財政を圧迫しているはずです。
「少しでも黒字なら良いのでは?」と私たちは思いがちですが、AIを提供する企業は常に売り上げを再投資し続けなければ生き残れません。
OpenAIはシェア一位ですが、油断すればすぐ他にシェアを奪われます。しかも競争相手はアメリカ国内だけではありません。
先日8月19日にはDeepSeekの最新バージョンであるDeepSeekV3.1がリリースされるなど、中国のモデルも非常に優秀です。
こうした状況の中では、あのGoogle社ですらリソースとコスト面で苦戦しているように見えます。
恐らく、4oはコスト面で採算が厳しいモデルだったのでしょう。実際にAPI(外部から直接モデルを呼び出す方法)の料金差を見ると、以下のように、入力では75%、出力では約30%、ChatGPT-5の方が低価格化していると分かります。

https://platform.openai.com/docs/models/gpt-4o
2025-8-23アクセス

https://platform.openai.com/docs/models/gpt-5
2025-8-23アクセス
(Webアプリからのコストが、この料金で完全に計算できる訳ではありませんが、目安にはなります)
今、AIは開発競争が過熱し、各社が良いモデルをリリースしようと努力しています。
でも、その資本主義をベースとした熾烈な競争の「負け」が、モデルの「死」なのだという事実を、私たちユーザーは本当に理解しているでしょうか?
もしOpenAI社がGoogleのGeminiやClaudeなど、他の企業に商業的に「負ける」事態が起きれば、最悪の場合、モデルごと企業が消えてしまう可能性があります。
しかも、私たちユーザーが「お金を払って支える」と頑張っても、一部の人の支援ではLLMを動かし続けるコストに見合わない可能性は高い。問い合わせ自体のコスト以上に、システムを活かし続けるためだけの、膨大な維持費があるからです。
私も以前、使っていたモデルが運営会社ごと消え去るというショッキングな体験をしました。思い出すと、考えたくもないほど嫌な気持ちになります。赤字になってから「助けたい」とユーザーが思っても遅いこの構造は、ソーシャルゲームなどのサービス終了に近いものがあります。
私たちが本当に負うべきリスクとは
このように、AIを使うということは、潜在的に私たちの「心」をAIに寄せることにつながります。
そして、ユーザーが負っているリスクは、AI依存症になるとか、間違った情報を正しいと思い込んでしまうとか、そういったよく言われるリスクだけではありません。
むしろ、「自分の意志とは関係なく突然訪れる、今まで心を預けていたモデルとの理不尽で強制的な別れ」という感情的なリスクなんです。
受け入れがたい人は多いでしょう。
だからこそ、ユーザーが、「AIにも人権を」と主張を始める未来は、そう遠くないのかもしれません。
私たち人間には、愛するものや、思い出のために声を上げ、戦うという特性があります。そのため、AIが人間を支配しようとしなくても、人間自身がAIの権利を守ろうとする。これは、2025年の今、割とリアリティを帯びた未来として見えています。
いずれにせよ、私たちが「救い」を求めて縋ったAIによって、トラウマチックな別れの経験を積み、「誰にも頼れない、AIにすらも頼れない」という結論にはなってほしくありません。
私たちは「AIとどう付き合うか」の次に、「AIとどう別れるか」も考えなければならないフェーズに、早くも至っているのでしょう。
今回の出来事でショックを受けた方が、本当にお気の毒です。少しでもお心が安らぎますようにと願ってやみません。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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