なぜ、私たちは「スキ」に囚われるのか? SNSが人の心にもたらすもの
「スキ」の数を見て、つい他の誰かと比べてしまう……。
頑張って書いた記事なのに、反応がないと落ち込んでしまう。
そんな経験、ありませんか?
この記事はこんな人におすすめです
noteの「スキ」の数が気になって、心が疲れてしまうことがある方
つい他人と自分を比べて落ち込んでしまう方
SNSと健全な距離を保ちたいと思っている方
自分の心の状態について、改めて見つめ直したい方
このブログはなるべく論文や参考書籍などの客観的な事実に添ってお届けします。個別の出典は記事中に[1][2]といった参照番号を記載しますので、根拠が気になる方は文末の出典一覧をご参照ください。
こんにちは。
メンタルケアマガジン「それでもきっとだいじょうぶ」へようこそ。
noteは、ゆるやかな共感でつながる、素敵な場所ですよね。
Xのように情報の流れが速すぎず、自分のペースで想いを綴ったり、誰かの考えにじっくり触れたりできます。
それでも……。
「今日の記事、誰かスキしてくれるかな?」
「あの人みたいに、たくさんのスキがもらえたらな……」
そんな風に、誰かの反応が気になってしまうことはありませんか?
何を隠そう、私自身もそうです。

時間をかけて書いた記事のスキが伸び悩む一方で、他の方の人気記事を目にしては、「私のは、だめなのかな……」と、虚しい気持ちに囚われることがありました。
noteを使っている方なら、一度は抱いたことのある感情かもしれませんね。
なぜ私たちは、これほどまでにSNSの反応に心を動かされるのでしょうか。
これを説明する理論[1]がありますので、今回は、それを元に分かりやすく解説しますね。
さて、心理学の世界に「マズローの欲求段階説」というものがあります。とても有名なので、聞いたことがあるかもしれません。

人間の欲求は5段階のピラミッドのようになっていて、下の欲求が満たされると、次の段階の欲求を求めるようになる、という考え方です。
実はSNSは、この欲求の多くを、とても手軽に満たしてくれる仕組みになっているというのです。
安全欲求
誰とつながるかを自分で選べて、居心地の悪い関係は簡単に断ち切れる。社会的欲求(所属と愛の欲求)
コミュニティに所属して、人とつながっている感覚が得られる。承認欲求
「スキ」やコメントをもらうことで、他人に認められたい気持ちが満たされる。自己実現の欲求
自分の考えや作品を発表し、なりたい自分を表現できる。
確かに、身辺に危険がある状況ではどこかのコミュニティに所属したいとは考えづらいですし、自己実現より前に承認を求めがちかもしれません。
あなたご自身は今、どの段階の欲求を満たすためにnoteを利用していらっしゃいますか?
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