嫌な記憶は「終わり方」で変わる? ピーク・エンドの法則
仕事などでミスしちゃった後、誰か特に関係ない人と話したくなるのって、私だけでしょうか?
「ミスしちゃってさ…」じゃなくて、何事もなかったかのように、いつも通りの雑談をしたりして。むしろ、いつもよりも丁寧で親切になっちゃったりして。そうすると「ミスした自分」をどこか補える気がして、平静に戻れるんですよね。
皆さんも、ショッキングなことがあった時、近くの人と話して平静を保つことはありませんか?
実はこの何気ない行動、ある心理学の有名な法則と関係しているのかもしれません。
この記事はこんな人におすすめ
・嫌な出来事を引きずって、1日全部がダメだったように思えてしまう方
・寝る前になると、今日の失敗ばかり思い出してしまう方
・つらい記憶と少しでも楽に付き合うヒントが欲しい方
例えば上司に怒られて戻って来た後、何事も無かったかのように後輩と雑談して、平静を取り戻したことがあります。
「この人は私のミスを知らないし、この人の中で私の評価は変わっていないはずだ」
と思うと、「失敗した自分」というみじめさを忘れて、足元の土台を確かめられる気がするんです。
これ、以前の記事にも書いた、感情の共同調整の機能をうまく使っているのだと思っていました。
でも実際には、悪い記憶を悪いままではなく、「でも最後は後輩と話して楽しかったし」という結末に変えたかったのかもしれないですね。
記憶は「ピーク」と「終わり」に引っ張られる
心理学に「ピーク・エンドの法則」という考え方があります。
過去の体験を後から振り返って評価する時、体験の全ての瞬間が同じ重さで記憶に残るわけではなくて、実は
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