noteはじめて3年経った私が思う、1年目にやればよかったこと。
noteを始めて、3年が経ちました。
書いた記事は1200本を超えて、ビューは100万、スキは11万に届きました。1年目の頃は、ここまで続けられるとは思っていなかった気がします。
でも、最初の頃は今よりずっと必死で、「誰か読んで欲しい」「私に気づいて欲しい」と思いながら、書いていたように思います。
正直に言うと、フォロワーさんが欲しくて他の方をフォローしていたこともありました。
当時は反応がほとんどなくて、コメントもスキもなかなか返ってこなくて、どうしたらいいのか分からなかったんです。
もしかしたら、これを読んでくださっている方の中にも、同じように1年目で戸惑っていらっしゃる方がいるかもしれません。
3年やってみて、私が1年目の自分に伝えたいことが、いくつかあります。世間でよく言われる「毎日書け」「SEOを意識しろ」「フォロワーを増やせ」とは、少し違う方向の話です。
これからnoteを始める方、始めたばかりで戸惑っている方、書いてはいるけれど読まれない時期にいる方に向けて、3つお伝えします。
そして最後に、3年の中でいちばん深く残った後悔について書きます。
読んでくれた誰かが、私と同じ後悔をしないでいてくれることを願って。
毎日書いた方がいい? いいえ、書かなくていいんです。
最初の話は、「毎日書かなくていい」ということです。
少し変な話ですよね。
私は3年間、毎日投稿してきました。
一度、予約投稿のミスで途切れてしまった日が一日だけあるのですが、それ以外は毎日です。
始めた頃は1日1記事どころか、1日に何記事も投稿していた時期さえあります。
それでも、1年目の自分に何か声をかけられるなら、「毎日書かなくていいよ」と伝えたいんです。
それは、「自分の生活を大切にしてください」とか「自分のペースが大切」だからじゃありません。
理由は単純で、毎日書いても、ほとんど読まれないから。
もちろん、ものすごく貴重な体験談やノウハウを、大量に持っている方は別かもしれません。でも、そうではない方も多い。私もそうです。
ある程度フォロワーさんが増えてくると、投稿すればビューはそれなりに伸びていきます。
でも、ここで気をつけたいのは、noteのビューはPVではなく、タイムラインなどに「表示された回数」を含む数字だということ。
「数字が伸びている」ことと、「読まれている」ことは、必ずしも同じではありません。
書き手にとってモチベーションになるのは、多くの場合、表示された回数ではなく「読まれた」という手ごたえの方です。
毎日無理をして書きすぎると、その手ごたえが薄いまま、自分の体力だけが減っていきます。
読まれない時期に毎日書こうとすると、書けば書くほど、無反応の現実に削られていく感覚があるんです。
書いている本人が思っているより深く効いてきます。
私が3年毎日書けているのは、すでに読んでくださる方がいるからなんです。始めた頃には、毎日書くだけの土台がまだありませんでした。
では、どうすればいいのか。
書くなら、まずは自己紹介の記事と、自分がどういう方向の発信をしているのかが分かる代表的な記事を、いくつか定期的に書く。毎日でなくてもいい。心を込めて、読んでくれるかもしれない誰かへ。
それを土台にして、自分のペースで書きながら、少しずつ読者を増やしていく方が、長く続けられます。
SEOを意識した方がいい? いいえ。考えなくてもいい。
二つ目は、「SEOは考えなくていい」ということです。
これも、世間で言われていることとは逆向きの話かもしれません。
私の記事の中にも、毎月数百ビュー、安定して取り続けている記事がいくつかあります。
でもそれは、私がSEOを工夫した結果ではないんです。
たまたま、必要としている方がいるテーマで、しかも他に書いている人が少なかったから、結果として優遇されているだけ。
「たくさんの人が書いている人気のテーマ」は、すでにレッドオーシャンです。名も無い新人が狙いに行こうとして勝てる場所ではありません。
それに、noteのアルゴリズムも、検索エンジンのアルゴリズムも、ここ数年でかなり変動しています。
今日通用する工夫が、半年後にも通用するとは限りません。半年かけて積み上げたSEOの土台が、ある日のアルゴリズム変更で一気に意味を失う、ということも珍しくないんです。
それから、こんなふうに考えてみたらどうでしょうか。
SEOは、「読みに来てくれる人を増やす」ための工夫です。
けれど1年目の書き手にとって、本当に必要なのは「たくさん」ではないと思うんです。
「この記事が好きで、何度も読み返しています」と、何年か経ってから誰かに言ってもらえたとき、どんなに嬉しいだろう、と思いませんか?
私もたまにそう言っていただくことがあるのですが、その度に涙がこみ上げてきます。
SEOで集めた一万のPVよりも、その一言の方が、書き手としての私を支えてくれます……。
それに、検索エンジンに合わせて書かれた記事ではなく、自分が書きたいことを誠実に書いた記事の方が、結果としてじわじわと検索で読まれるようになる、ということもあります。
私の月数百ビューの記事も、そうやって時間をかけて生き残った記事です。
1年目に磨くなら、その方向だと、私は思っています。
フォロワーを増やすべき? いいえ、増やそうとしないでください。
三つ目は、「フォロワーを増やそうとしない」ということです。
少しややこしい話ですが、丁寧に書いてみますね。
ある程度、noteを続けていると気づくことがあります。
それは、「自分の記事を一つもスキせずにフォローだけされる」とか、「特に関連性のなさそうな相手から急にフォローされる」といった出来事に、嬉しさをあまり感じない人もいる、ということです。
noteを始めたばかりの頃には、ピンとこない感覚かもしれません。
「フォローすれば気づいてくれるはず、喜んでくれるはず」。
そうですね、最初はそうなのかもしれません。
けれど、noteを始めてしばらく経った人は、自分の行動や、人の行動をとても細かに見ていることがあります。
読んで良かった記事に「スキ」を押す時には、リズムがある。本当に読んでいれば、数秒間に連続で押したりしない。
誰かも分からない人を、急にフォローしたりしない。少なくとも、プロフィール記事や、最新の記事くらいは読んでから、フォローするはずだ。
誠実に「自分の記事を読んでくれる人」なら、そうだ。
「雑さ」や「フォロワー稼ぎ」の気配が滲むと、それは相手にちゃんと伝わってしまうんです。
あなたがそうであるように、相手だって「自分が大切に書いた記事を、丁寧に読んで欲しい」から。
そして、ここからが少しややこしいところです。
「フォロワーを増やしたい」という気持ちが完全にゼロな人は、たぶんいないと思うんです。
誰だって、自分の書いたものを読んでほしい気持ちはどこかにあります。
「読まれたい、フォローされたい」という気持ち自体は、悪いものではありません。
相手の創作への愛が10で、自分も読んでほしいという気持ちが0、なんてほとんど無理じゃないですか? 完全に無私である必要はありません。
でも、配分が逆転してしまったとき。
相手の創作への愛が0で、自分が読まれたい気持ちだけが10になってしまったとき。
それは相手に伝わってしまいます。
フォローやスキが返ってこないことに過剰にがっかりしたり、相手を恨んでしまう感覚が芽生えてきたら、配分が偏ってきたサインかもしれません。
返ってこないガッカリ自体は、あっていいと思うんです。人間だもの…。
ただ、そのとき、相手を恨むのではなく、その人からそっと距離を置けばいい。それだけのことです。
だから、フォロワーさんを増やすことを考えるより、気が合いそうだな、共感できるな、と思った人の記事を、心を込めて読む。
noteという街に生きる、大切な「仲間」を見つけるつもりで。
それが、結果として、長く続いていく関係を作る方法なのではないかと、3年やってみて思います。
ちなみに、私自身は、フォローのされ方をあまり気にしてはいません。
けれど、全員をフォローバックすると、今フォローしている方の記事を読み切れなくなってしまうので、結果的にフォロバがほとんどできていないんです。
そういう人もいるんですよね。
ここまで、3年やってみて、1年目の自分に伝えたい3つのことを書いてきました。
最後に、もうひとつだけ。
私が、最も大切だと思うことが、一つだけあります。
それは、多くの人にとっては「そんなこと?」と思われるようなことかもしれません。でも私にとっては大切な真実であることが、たった一つあるんです。
それは……
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