無意識に「レッテル」を貼ってしまう私たち。どうすれば「ありのまま」に見れるのか
自分や他人の行動を見て、この人は「〇〇だ」と「レッテル」を貼ってしまうこと。
ありませんか?
例えば、少し機嫌が悪そうにしている人に「あの人は頑固おやじだ」と心の中で言ってみたり。
自分が少し失敗したら「私はダメ人間だ」と言ってみたり。
あるいは、生活の中で失敗が続いたら「私はズボラ人間だから」と決めつけてみたり……。
でもそれって「事実」なのでしょうか?
不機嫌に見えるあの人は、「今、たまたまお腹が痛い」だけで、実はとても素直な人なのかもしれません。
「失敗」したのはあなたがダメ人間だからではなく、たまたま少し事前調査が足りなかったり、練習が足りなかっただけなのかもしれません。
ズボラは…。
まぁ、効率を重んじる思考が強いのかもしれません。
こんなふうに、「事実」ではなくて「スッキリする解釈」を探した瞬間に、私たちは自分や誰かにレッテルを貼ってしまいます。
楽なんです。
「なんで……」「どうして……」と相手や自分を理解するために考え続けなくて済みますから。
むしろレッテルを貼った方が、心も頭も、楽な時があるんです。
この記事はこんな人におすすめです
・「あの人は〇〇だ」「自分は〇〇だ」と決めつけてしまうことが多い方
・他人の行動を見て、イライラしたりモヤモヤしたりしがちな方
・自分の失敗に対して、過剰に厳しい言葉をかけてしまう方
・認知行動療法(CBT)の考え方を取り入れ、心を楽にしたい方
こんにちは。
メンタルケアマガジン「それでもきっと、だいじょうぶ」へようこそ。
今日は、私たちの心のフィルターの偏り、「認知の歪み」の一種である「レッテル貼り(Labeling)」についてお話しします。
認知は、「歪んでいるから悪い」ということではありません。
でも、時にそれにとらわれすぎると、私たち自身が毎日を明るく過ごすための障害になってしまうことがありますね。
知っていただくことで、苦しみの正体に気づきやすくなり、より幸せな毎日を過ごしていただきたい。
そんな思いから、このマガジンでは折に触れて解説しています。
(過去の解説記事まとめはこちらです)
レッテルを貼るのは「楽」だから
今日取り上げる「レッテル貼り」。
正直に言うと、私も自分にも他人にも、わりとよくやってしまいます。
ちょっと失敗して落ち込んでいる時、自分に対して「かなしきゴミ人間」とか言ってみると、落ち込む…
のではなく、なんだか語感が楽しいな……と思い始めます。
そこから、「いつも廃棄直前の割引人間」とか、「人間は、みんなごみ処理場に向かってベルトコンベアを進み続けているようなものだ」とか。
しっくりくる言葉を考えるのが楽しくなり、元の落ち込みは忘れてしまったり…。
……これはちょっと違う例だったかもしれません。
でも、何かしらレッテルを貼ることに、ある種の「快楽」があるのは事実ではないでしょうか。
「おにぎり事件」
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