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【独り言】 - BGM

YMOの、名作と呼ばれるアルバムを聴いて
いる。

最初に耳に届くのは、汚れた音だ。

わざと歪ませたような電子音。
神経質なほど正確なビート。
聴き取ろうとすればするほど遠ざかってゆく
ボーカル。

気持ちがいい。
これが不思議でならない。

音楽に「美しさ」を求めるとき、わたしたち
は無意識に清潔さを求めている気がする。

濁りのない音、
聴き取りやすい旋律、
整った構造。
そういうものを「良い音楽」と呼ぶことに、
慣れすぎている。

YMOは、その慣れを裏切る。

汚れているのに、正確だ。
聴き取れないのに、伝わってくるものがある。
矛盾しているのに、その矛盾が心地よい。

少し考えて、思った。
「気持ちいい」のは、音が美しいからではな
く、音の配置が正直だからではないかと。

人間の声は、本来ノイズだ。
電子音は、本来冷たい。
それを「聴きやすく」整えることは、ある種
の嘘をつくことに似ている。

YMOはその嘘をつかない。
電子音を電子音のまま鳴らし、
声を声として扱わず、
ビートを感情の道具にしない。

素材が、素材のまま在る。
だから飽きないのかもしれない。

旋律を追う必要がない。
歌詞を理解しようとしなくていい。
音の質感に身を委ねていると、思考がゆるや
かにほぐれていく。

BGMという言葉がある。
Background Music——背景の音楽。

でも、YMOを「背景」にするのは難しい。
主張が強すぎる。
かといって、前景にもなりきらない。
聴き込もうとすると、逃げ水のように逃げて
いく。

そのどこにも属さない感じが、妙に落ち着く。

わたしはもともと、きちんと聴こえすぎる音
楽が苦手だ。
感情を誘導されている気がして居心地が悪い。
YMOの「音」は感情を求めてこない。

ただそこで鳴っている。
それが、ちょうどいい。

部屋に猫様がいるのに似ている、と思った。
そばにいる。
何も要求しない。
気配があるから孤独ではない。
視線を向けてくることもない。
そこにいて呼吸している。

YMOを流しながら書いていると、言葉がほ
んのすこし楽に出てくる気がする。

なぜかはわからない。
わからないまま、今日もアルバムを最初から
再生する。

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