さよなら、201。(201系引退に寄せて)
ダイヤ改正の「イブ」となった2025年3月14日。これきっかけでラストランがあったり、廃止される駅が今日最終日だったり。「葬式鉄」なんて言葉もあるほど。
【JR西日本】緑の201系、今日でラストランと発表https://t.co/8PPgKjnodW
— Osaka-Subway.com/鉄道プレス (@OsakaSubwaycom) March 14, 2025
2006年の登場以来、約18年走った関西本線の201系も今日の朝で最後だったようです
そんな今日、関西でもラストランを迎えたという車両があると耳にした。それが大和路線を走っていた「201系電車」。1979年に試作車、1981年に量産車が「中央線快速」に投入されて以来40年以上活躍に終止符が打たれた。予告なしの「サイレント引退」だったがX上で見るからにたくさんのファンで詰めかけていた。
201系はこんな電車
201系は「回生ブレーキ(発電ブレーキ)」と「電機子チョッパ制御」というモーターを採用。従来車両よりも消費電力が少ないことで「省エネ電車」と呼ばれ、かなり期待されていた。

201系をベースに軽量化とコストダウンに成功。
どことなく顔が似てる。
しかし、当時の国鉄の懐事情と従来より製造費が高いのが課題だった。1985年までの4年で1018両が生産されるのにとどまり、以降はコスパが良い205系に移行した。
2大都市圏で活躍
中央線を皮切りに首都圏と京阪神に投入。
移籍を繰り返しながら2大都市圏と周辺路線で活躍した。
中央線・青梅線・五日市線(富士急行線、八高線へも直通)
中央・総武線各駅停車
武蔵野線
京葉線(外房線、内房線、東金線へも直通)
東海道・山陽本線(JR京都線、神戸線など/湖西線へも直通)
大阪環状線・JRゆめ咲線
大和路線・おおさか東線(和歌山線や万葉まほろば線へも直通)
淘汰
これだけ多くの路線で活躍したが、2000年代からは数を減らす。モーターの老朽化や部品が原因で、順次後継車両に置き換わっていった。
首都圏では中央線で2008年、京葉線で2011年までに引退し姿を消した。
生き残った関西圏

従来型に合わせたウグイス色。
一方、関西は東海道・山陽本線から移籍した車両が大阪環状線と大和路線へ進出。リニューアル改造を受けて2010年代も引き続き活躍することになった。
環状線から引退しても…

環状線伝統のオレンジバーミリオンをまとった。
それでも、2019年には大阪環状線から引退し、2020年のJR西日本プレスリリースで2024年度までの引退が正式発表された。

余命宣告されたが、長いこといて
「しぶとく生き残ってんなぁ」
と思った。明確にいついつに引退とも言われず、余命1年を切った2024年度もかなりギリギリまで活躍していた。この年度も4編成が生き残ってたから見る頻度もそこそこ高かった。
へびと201系

へびと201系が合体。
トムブラウンが作ったんじゃないか説笑
2025年始には「巳年」にちなんだ受験生応援ヘッドマークも付けられた。「合格祈願」の文字、ダルマ、招き猫とともに201系と黄緑のへびが「合体!」したデザインになっている。ちなみに僕が撮った最後の201系はヘッドマークをつけたこの編成の写真と動画だった。
もうええやんなぁ?

引退までの間、201系の写真や動画たくさんを撮ってきた僕。環状線は片手で収まる数だが、大和路線では50枚以上も撮った。悔いはないどころか
「もうええやんなぁ?こんだけあったら。」
ってぐらい。
乗った思い出
201系メインの沿線に住んでいなかった僕は乗った回数はそんな多くない。幼少期はJR京都線と環状線3回ぐらいしかなかった。
それでも、環状線で乗った7歳のときはかなり記憶に残ってる。
父に連れられ、京セラドームへ野球観戦してきたが、今ほど野球に興味がなく、プレイボールから1時間で帰った。しかし、その行き帰りで乗った環状線はいずれも「スカイブルー」の201系。
家にあった図鑑が最新じゃなくて、初めてお目にかかった「青い環状線」は齢7のYuki少年には特大のインパクトだったと思う。「青い環状線」は2008年までにオレンジに塗り変わった。
余命宣告から5年で無事活躍に幕を下ろした201系。関東と関西だけという狭い範囲ながら40年以上、たくさんの通勤客と思い出を運んできた。関東では「特別快速」として主役を張ってた反面、関西では新快速や大和路快速に比べれば脇役。この違いはあっても長年活躍してたくさんの人の記憶には残ってることだろう。

この引退で大和路線は全ての車両が「221系」に統一された。10年ぐらいの年の差で僕がふるさとで幼少期からお世話になってる車両が後を継ぐことになる。真新しさはないが、個人的にはいつメンみたいな感覚で「どうぞよろしく」ってところだ。
なんだかんだで
40余年お疲れ様でした。
さよなら、201。
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