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思い描いていた方向とは違う場所にたどり着いたら、書く人生がはじまった

以前、知人に生まれもった宿命を占ってもらったことがある。

「あなたは思い描いていた方向と違う場所にたどり着きやすい人だ」と言われた。心当たりがありすぎて笑ってしまった。

今の仕事もそうだ。ライターになって10年経つが、偶然に偶然が重なり、人に導かれるようにしてはじまった。 覚悟をもって続けてきたけれど、それを「書く人生」と呼んでいいのかは迷うところだ。改めてよく考えてみると、私の書く人生はごく最近はじまったばかりなのかもしれない。

私はもともと「文章を書くのが好き」なタイプではない。ただ、昔から書くのが得意なタイプではあったと思う。

たとえば、小学生のころの作文。夏休みの宿題で書いた読書感想文で、クラスや校内の代表にたびたび選ばれた。でも決して、エッヘンと胸を張れるものではない。

私がしたのは、本のあとがきだけを読んで「ここよさそうだな」と思う部分を抜粋し、せっせとつなぎ合わせる“作業”だ。そこへ、申し訳程度に自分の感想をつけ加えた。どこでそんな方法を身につけたのかは覚えていないが、今よりもはるかに要領よく文章を書いていたようだ。

それ以外にもなにかと文章をほめられる機会が多く、小学校高学年になると盛大に調子に乗った。ある日、急に思い立って作文クラブを結成した。メンバーは私だけ、活動内容は未定だ。

どうしてもやりたい気持ちが抑えられず、その日のうちに「作文クラブに入りませんか」という張り紙をつくり、近所の電柱にペタペタと貼りまくった。それを知った母に「本当に申し込みが来たらどうするの!」と怒られ、ブーブー文句を言いながら張り紙をはがしたのは、私の黒歴史のひとつだ。

作文クラブのことはすぐに忘れたが、友だちとの交換日記は楽しんでいた。4人で順番に物語の続きを書いていく、リレー小説のようなものだ。

内容は小学生らしく、ピュアな恋愛系。「こう続けてほしい!」という願いを込めた終わり方で次の友だちにバトンタッチするのだが、毎回思っていたのと違う展開になって「くぅぅぅ。そっちにいったかー!」とヤキモキしていたのを思い出す。

今思えば、このころが文章を書くことの全盛期だったのかもしれない。なぜなら中学、高校、大学と進むうちに勉強以外で書く機会がどんどん減り、社会人になってからはもっと遠ざかってしまったから。

転機が訪れたのは、ずーーーっと時が進んだ2015年。ママ友の紹介で働きはじめた小さなリフォーム会社で、顧客向けの社外報の制作を任されたのだ。

ところが前任者からの引き継ぎは中途半端に終わった。上司を含め、ほかに制作の仕方を知る人はゼロ。誰にも相談することができない状況に陥った。

「どうしろっていうんだよ!!」という怒りとともに、心をすっぽりと覆いつくす焦り。半分泣きながら、バックナンバーを引っ張り出してきては見よう見まねで構成を考え、文章を書き、編集した。担当デザイナーさんの力を借りてなんとか発行できたものの、ずっと不安は消えなかった。

「私の文章、本当にこれで大丈夫なのかな」

次号の制作がはじまり気持ちが落ち着かないなか、ふと手にした地域情報誌で「ライター・エディター養成講座」の生徒募集を見つけた。もう目が釘づけである。私は「文章の書き方を教えてほしい!」と、藁にもすがる思いで飛びついた。

そこで初めて仕事としての“書く”を学んだ。課題に必死で取り組む日々。1年後、講座修了を目前にした面談で、代表講師から思いがけない言葉をかけられた。

「ライターをやってみない? やる気があるなら、あなたの地元の編集部を紹介するよ」

頭のてっぺんから足のつま先まで、一瞬で稲妻が駆け抜けた。ビリビリとしびれて、リアルにちょっと震えていたと思う。

「このチャンスを逃しちゃいけない」

私は仕事を辞めて、ライターの世界に飛び込んだ。知人の言う通り、思い描いていた方向とは違う場所にたどり着いた。

それから10年以上、文章にかかわる仕事を続けてきた。しかし、これはあくまで仕事だ。「書くのが好き」なタイプではなかった私は、仕事以外であえて文章を書こうとは思わなかった。

しかし去年、変化が起きた。

母の病気発覚、父の施設入居、自分の大怪我、愛犬の死がほぼ同時期に起きた。このときばかりは、数年分の不幸が全部まとめてやってきたと途方に暮れたものだ。

そのとき40年以上目を逸らしてきた家族関係の悩みや生きづらさが、せきを切ったように一気に押し寄せてきた。「ここを開けろ!」「解放しろ!」とばかりに、固く閉じた扉を内側からグイグイこじ開けようとする。

もしこのまま私がいなくなれば、今までの記憶や体験が消えてしまう。なにか形にして残したい、それが生きづらさを克服する第一歩となるかもしれない──。私は腹をくくり、ありのままの気持ちを文章にしようと決めた。

誰に頼まれたわけでもなく、締め切りもない。ただ自分のために書く。仕事で誰かにインタビューし、その思いを文章にするのとはまるで違う体験だった。

闇に葬ってきた出来事や感情と向き合い、言葉にするのは容易ではなかった。思い出すことで、つらい気持ちを再体験するからだ。「これを読んだらどう思われるんだろう」と、他人の評価が怖くなりキーボードを叩けなくなった日もある。

それでも自分のために書いた。いつか誰かの救いになるかもしれない、という期待も込めて。

書いた文章はZINEにまとめた。「100%満足!」という仕上がりではなかったけれど、たくさんの人に読んでもらった。ひた隠しにしてきた秘密を自ら人前にさらけ出した、自分にとっての大きな第一歩だった。

そう考えると、やはり私の書く人生はこの瞬間にはじまったのだと思う。

書くことで自分の本当の思いに気づけた。自分がどういう人間であるかを知った。そして書くことで心が軽くなり、救われた。

「書く人生がはじまった瞬間」というテーマを目にしたとき、ライターになった日を書くつもりだった。でもあの日は「書く仕事がはじまった瞬間」であって、「書く人生がはじまった瞬間」とは違ったのだ。

ZINEをつくってから約1年が経ち、今、新たに気持ちをつづろうとしている。かつて仕事以外で文章を書こうとしなかった自分が、だ。

家族の状況が変わって新たな岐路に立ち、今を書き残しておかなければという思いに駆られている。どんな形になるかはまだわからないけれど、いずれにしろ重めの内容になるのは間違いない。

でも、それでいいと思っている。私は自分のことが知りたい。その先に、同じようにもがいている人たちの拠り所となる未来があれば幸せだ。

思い描いていた方向とは違う場所にたどり着く人生、だからこそ今がある。私の書く人生は、はじまったばかりだ。



(2734文字)


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ミクさん、「書く人生のはじめかた」250部突破おめでとうございます!
書く人生について考える素晴らしい機会をつくってくださり感謝です✨

#書く人生がはじまった瞬間

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