9月に読んだ本
2025年9月の読書メーター
読んだ本の数:8冊
読んだページ数:1983ページ
■テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。
資本主義に変わる体制として、テクノ封建制を著者は提示する。いわゆるGAFAMはプラットフォーマーだが、なぜ資本主義ではなく封建制と著者がいうかといえば、生産物による利潤がレントを上回るときは資本主義だが、レントが上回るときは資本主義と呼ぶのに相応しくないと考えるから。彼らのプラットフォーム上でサードパーティはサービス提供のためにレントを払う。ユーザーはサービスを利用するが、その利用情報は無償で提供され、利用データはアルゴリズムによって再生産と消費行動を促す。ユーザーをクラウド農奴と呼ぶのが味わい深い。
読了日:09月27日 著者:ヤニス・バルファキス
■近代人の疎外 (1960年) (岩波新書)
1959年の著作。著者はドイツ人でナチ党の台頭により、最終的にアメリカに亡命している。タイトルから分かるようにマルクスの物象化による人間疎外に加えて、近々復刊されるテンニエスのゲマインシャフトとゲゼルシャフトを踏まえながら、当時(20世紀前半)のテクノロジー、政治、社会構造と人間疎外の現状を分析する。機械労働による大量生産消費が、人間の肉体的精神的自由を奪い、労働力としての人間が代用物として商品化されることは言わずもがなであるが、疎外について、新たな技術が生まれつつある今、私はあらためて考えたいと思った。
読了日:09月21日 著者:F・パッペンハイム
■40歳だけど大人になりたい
読了日:09月19日 著者:王谷 晶
■40歳がくる!
40歳がくるので購読。主なるコンテンツのエッセイを読んでいると、私個人としては生きづらさ、自己の内面と行動の間での葛藤が赤裸々に描かれつつも、40歳を前にしてそれまであった呪縛から少なからず解放されている様子を感じながらも、唐突にやってくる精神の波のどん底については、私にも最近起こっていることであり、共感しながら読んだと同時に、この文章を書いた人間が40歳を迎えてすぐに亡くなったとき、彼女のことを好きだった人たちは彼女自身のこと、彼女がいなくなる世界のことを思い、どれほどの悲しさをおぼえたのだろうか。
読了日:09月17日 著者:雨宮まみ
■賢明なる投資家 - 割安株の見つけ方とバリュー投資を成功させる方法
バフェットの投資に影響を与えたうち、グロース株であればフィッシャー、バリュー株であれば師と呼ぶグレアムになるが、その人による本。投機と投資を分けた上で、安全域と呼ばれるアイディアから保守的投資家としての振る舞いを説く。株式と債券に投資し、一定の割合を保ち、割合が崩れたときにはリバランスを行う。債券は、残7年以内、発行価額の7割以下で買えるドル建て債券を検討する。株式であれば利益確保と配当を安定的に実施している大企業の中でスクリーニングして過小評価されている株式を購入し、下がれば買い、上がれば売る手法。
読了日:09月17日 著者:ベンジャミン グレアム,土光 篤洋,Benjamin Graham
■韓非子: 不信と打算の現実主義 (中公新書 1695)
読了日:09月14日 著者:冨谷 至
■荀子 (新書漢文大系 25)
読了日:09月10日 著者:藤井 専英
■パワー・オブ・マネー 新・貨幣入門
貨幣とは何かということについて考え直す本。現在、国内外において中央銀行による国債の大規模な発行が、家計や企業の財務諸表としてたとえられ、多額の借金を背負っており、問題だという形で指摘されることが多いが、そうした視点に反論をする。政府は国債を発行する主体だが、政府は自分で国債を発行できるため、理論上、返済不能になることはありえない。また、中央銀行は国債と準備預金を相互変換することが可能な存在であり、量的緩和/引き締めによって国債と準備預金の量を調整することが可能。この、緩和/引き締めは結局のところ、バランスシート上の勘定科目の変化でしかなく、量的緩和により国債を売って準備預金を増えれば貨幣の流通量が増え、量的引き締めにより国債を買って準備預金を減らせば貨幣の流通量が減るわけだが、総量的には何の変化もないということになる。そのため、国債を返済義務がある借金と捉えることは的を射ていない見方と論じる。また、暗号通貨についても一章割いているが、貨幣をの定義を「価値の尺度」「交換の媒介」「価値の貯蔵」としてみたとき、暗号通貨はそれを満たすことができていない、また、今後も満たすことが難しいと著者は考えている。このような議論が展開されていることを考え、確かに自分の常識とは違うように感じるが、海外送金等はどうなのだろうと思ったのだけれども、それも結局のところ、それぞれの国、企業、人のバランスシートで資産と負債の間を移動しているにすぎないわけで、総量的な変化は結局存在しない。ただ、現実にデフォルトは存在するため、国債は返済義務がないとしても、乱発することは貨幣の信用を毀損する。結局のところ、貨幣の信用を保ちながら、金融/財政を行うことが重要。また、日銀はこうした見方を触発する先駆的な存在だったということが分かった。
読了日:09月06日 著者:ポール・シェアード
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