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小説|「セレニティ模様」第56話

 クラス替えで絶望を味わったあの中学三年生の春から三年が経った。そんなこともあったなとは思えずクラス替えと聞くと心の傷が疼く。

 けれど時間は刻々と進んでいて高校三年生になった現在、クラス替えにほっと胸をなでおろしている。今年度も莉緒ちゃん、慶ちゃん、歩ちゃんと同じクラスになった。良かったなと思っていると、また別の知らせがもたらされた。

 トメさんが亡くなった。くも膜下出血だった。今回は二回目でとどめを刺された。

一度目にくも膜下出血になったとき主治医にタバコを吸うことを止められていたのにやめられなかった。

 ヤマさんが家に来ていたときでヤマさんが救急車を呼び病院へ運ばれそのままだったようだ。あっけないお別れだった。

 お通夜では香の目から一つも涙が出なかった。無慈悲だけれど胸のつっかえがとれたような、肩の荷が降りたような、悲しいとは無縁の感情だった。香にとって身近な人の死はこれが初めてだった。もっともっと悲しみに暮れるというイメージがあったけれど思い入れがあまりないのだからそう思っても仕方のないことかもしれないと自分に言い聞かせた。

 そしてまたヨシばあの家で暮らす日常を送り始めた。

  *

 初七日が過ぎた。

 「香、悠」ヨシばあが呼ぶ。

 「ん?どうしたの?」悠がヨシばあに寄る。香も続く。

 「二人どもお金のこどは気にするな。自分のことだげ考えてこの先のごど決めれな」

 「二人ども本当によぐ頑張ってら。親の顔色ばっかり見で生きてきだど思うがら、これがらはそれと同じぐれ、いやそれ以上だな、自分のごど見れな」ヨシばあが香と悠の頭にそれぞれ手の平を置く。お灸のようにじんわりと温かさが伝わってくる。なんとなくまもられているようなそんな気持ちになる。

 「香も悠も大学だがどごだが行ぎだいどごあれば遠慮するなよ」

 後日知ったことだがヨシばあは自分は使う先がないからとなかなかの大金を貯金していた。お金があることがトメさんにバレるとむしり取られるからと思って固く口を結んでいた。

 そのひそかに貯めていたお金を孫のために使うよう八重子に預けてくれた。

 トメさんには悪いけれどそれからの暮らしはなかなかに明るくなった。トメさんが突然押しかけてくる恐怖もなくなった。トメさんの機嫌をとる必要もトメさんが気に入るような選択をする必要もなくなった。

 香と悠は誰に気を遣うこともなく自分と向き合う時間が増えた。

 家庭環境によってはいつ茶々をいれられるかわからず心落ち着けて勉強すること、何かに集中したり没頭したりすることが難しいこともある。みんなが直前期だからと追い込んでいてもそれとは別のことをしなければいけないこともある。

 それが嫌で怒りを爆発させてもそれに輪をかけて言い返され言葉の暴力となって心のずっと深いところに傷を残すこともある。

 家族に応援されず自分も本当にこの道で良いのか迷いながらもどうしようもない孤独、不安、焦り、恐怖を感じながらもそれを進めていかなくてはならないこともある。

 そんな中でもだれか一人でも心の底から自分のことを気にかけてくれる人がいたら救われる。そして良くない状況や環境がずっと続くわけではない。

来る日も来る日も雪が降り積もる冬のように渦中にいる間は終わりが見えなくても、それがずっと続くわけではない。いずれ冬が終わり春が訪れるように。

 香と悠は二人でヨシばあ家の近くの神社にいる。そこの桜の木の下にいる。

 「悠。おかげさまで高校生活楽しめているよ。ありがとう」頬をなでるような風が心地いい。

 「わたしもだよ。環境が変わって良かったね」綿毛が風に乗って舞い上がる。

 「あの時はあの状況を変えられるなんて思ってもみなかった。悠に話せてから変わったんだよ。ほんとにありがとう」

 「ふふっ」ヨシばあの家で暮らすようになってから悠の表情がまた一段と柔和になった、と香は思う。十代から早くも目尻に笑い皺らしき線が出てきた。

 後ろを振り返るとハナばあとヨシばあが仲良くゆっくり歩いている。小柄なおばあさん二人が並んでいる。長年時をともにした仲の良さ、ほんわかした空気感が桜の木の淡いピンク色と相まってほのぼのしている。

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