小説|「セレニティ模様」第20話
中待合の椅子に座り診察室を見る。診察室との間を仕切るカーテンレールの隙間から光が漏れている。待合室から中待合に入ったときは明るいと感じるけれどそれはほんの一瞬のことだ。より明るいほうと比べるからまたしても薄暗く感じる。近づいても近づいても灯りが遠ざかっていく。あと少しなのに届かないもどかしさ。
病みから解放されたい。こんな苦しい思いしたくないし、悠にもさせたくない、もう十分だよ、と香は思う。香は気弱になる。
夜中とはいえ何人か患者さんがいる。十五分くらい待っただろうか。
「山川悠さん、どうぞー」
「はい」八重子が悠の手を引く。香も呼ばれたのは悠の名前なのに当たり前のようについていく。
「どうされましたか」一歩診察室の中に足を踏み入れると別世界のように明るい。何度か来ているから分かってはいる。でも香はその明るさに安心する。
当直医の先生は黒縁眼鏡をかけたやせ型の男性だ。淡々と話す。けれど事務的な感じはない。
「喘息の発作が起きまして」八重子が悠の肩に手を添えて伝える。
「そうですか。ちょっと呼吸音を聞かせてくださいね」お医者さんが悠の胸、背中、それぞれ六ケ所くらい順番に聴診器を当てる。
「うん。吸入をしましょう。それが終わったらまた診察させてください」
「はい」お医者さんは看護師さんに吸入の準備をするよう伝えた。
「それでは向こうで吸入しましょう。どうぞー」看護師さんが案内する。吸入器があるところに着くと看護師さんはてきぱきと吸入の準備を始める。
日中は人の流れが多く慌ただしい院内。今日はそれとは対照的だ。看護師さんが吸入の準備をする音がやけに響く。悠の苦しそうな息も。
喘息の発作がいつ起こるかわからない。それに起こってしまえば自分ではどうしようもない。
喘息の発作を起こしている人のつらさもわかるのにどうすることもできない。呼吸の苦しさはときにこのまま死んでしまうのではないかとも思う。横になると辛くて座っているといくらかマシになる。辛いのに横になることも許されないような状況もつらい。
吸入している時は話すような状況でもないから声をかけるのも負担になる。香はどうすることもできないもどかしさを感じてばかりだ。
「スウウウウー。ポコポコっ」吸入が終わりそうだ。
「ちょっと看護師さん呼んでくるね」八重子が言う。
「うん」香が返事をして悠は小さく頷く。
「終わりそうですね」看護師さんが八重子と並んで来る。
「うん。ちょうど終わりましたね」看護師さんが確認する。
「また診察室の前でお待ちくださいね」
