小説|「セレニティ模様」第2話
山川香。中学三年生。残念なことにスクールカーストではヒエラルキーの下層にいる。
中学校一年生も二年生も良い思い出がなかったし、三年生の今もちっとも良い思い出がない。だから香の自分史には「中学校時代:暗黒時代」と刻まれることになるだろう。
一年生のときも二年生のときもいじめられた。中学生活最後の年、三年生の今も現在進行形でいじめられている。青春とは程遠い学校生活を送っている。
昨年度のクラス替え希望の調査。同じクラスになりたくない人という欄に勇気を出してあの名前を書いたのに。よりによってなんで先生たちはその人と自分を同じクラスにするのだ。
冬の厳しさが終わりを告げ空気が和らいできた春。クラス発表の日。学校の外の掲示板に張り出されたクラス名簿。香はあの名前を見つけたときの絶望は忘れられない。
*
田園風景と大型ショッピングセンターがある田舎。そこにある公立中学校。田舎とはいえ、まあまあの人口だ。香が通う中学校は一学年二五〇人以上のマンモス校だ。一学年に七クラス一クラス三十五人ほどが在籍している。
交流のほとんどないグループからでさえ香の笑っている顔が気に入らないという理由で無視されることもしばしば。その集団と廊下ですれ違うときには、その人たちはみな一様に下敷きで自分の顔を隠して香の存在が視界に入らないように通りすぎた。
同じ時期に別のグループからいじめられることもあれば、一つのグループのいじめが自然消滅したのと入れ替わりで別のグループのいじめのターゲットになることもあった。
誰にも相談できなかった。けれどそれでよいと思っていた。
しかし中学校二年生のとき、そうもいかない出来事が起こった。
神様はその人が乗り越えられる試練しか与えないと言う。まだ十五年も生きていないけれど失礼承知で言えば、「本当か?」と神様を疑わずにはいられない出来事が多い。
相談できるようになること。この課題をクリアできるまでいじめは続くのだろうか。それだったら一生続く気がして香は気が遠くなる。
中学二年生の秋。私の内靴がなくなった。いつも通り登校し、いつも通り下駄箱を開けると、そこに靴がなかった。
内靴がなくなると、いよいよ担任の先生から親へ電話をすると告げられた。香が一番避けたいことだ。
でもいずれにせよ遅かれ早かれ内靴がなくなったことは知れ渡る。香は今日一日、来客用スリッパで学校生活を送ることになった。香はなんとなく靴を隠した人の心当たりがあった。
廊下を歩いているとその人たちのグループがいた。通りたくないけれどその廊下を通らなければ教室に辿り着けない。足早に通り過ぎようとした。
「あれー?それ」そんな無慈悲なことをしそうにない可愛らしい顔立ちの女子、桑原が香のスリッパを指さす。
「今日スリッパ?どうしたの?」そのまま話しかけられた。目に嫌な嗤いが灯っている。
「あれ。マジ?どうしたの?」その隣の女子、響子もわざとらしく驚き調子を合わせている。
香は何ひとつ言葉を発することができなかった。俯いたままその場を走り去った。あろうことか急いだ拍子に右足のスリッパが後ろに飛んだ。せっかく去れたというのにその場に戻る事態になった。恥ずかしさや苛立ち、いろいろ感情が混濁する。取りに戻るスリッパだけを見る。香は心を殺して桑原さんたちのほぼ前まで後戻りし履き直す。その様子を見た二人がクスクス笑っている声が聞こえる。その様子を見たら香の脳内に焼き付いてしまうだろう。
本当は自分のことは話しているんじゃなきゃいいのに。そうだったらいいなと思う。その可能性も捨てきれなくて見て確かめたほうがいいという淡い期待もある。
けれどその可能性のほうがはるかに低い。だからこれ以上傷つくのがこわくて振り向けない。どんな顔でこっちを見て、嗤いながら何を話していたのだろう。知りたくないけれど知りたい。そんな気持ちを抱えたままスリッパが脱げないよう慎重にその場を後にした。
*
数日後、美術室にある泥が入ったバケツから香の内靴が発見された。先生が香を呼んでそのどろどろになった靴を見せた。香は途方に暮れ何も言葉が出なかった。その靴はもう見たくもなく学校で処分してもらうことにした。
