小説|「セレニティ模様」第8話
「くうううううー」悠が目を瞑る。
「おいっしいねえええええ」香も同じように目を瞑る。食後のアイスを堪能している。
アイスはタイミングが合わないと味わうのがなかなか難しいと香と悠は思う。
だから、何の気兼ねなくアイスを味わえる時間が最高なのだ。
「なんだべ。そんたに美味(うめ)が」ヨシばあが笑う。
「おいっしいよ。ヨシばあも食べたほうがいいよ」悠がオススメする。
「んだあ。あどで食べるがな。あっ。ほれ、そろそろ花火、あがる時間だど」
今日は近所の神社の秋祭りだ。
ここは田舎も田舎で周りにはぽつぽつと家々があるだけだ。二階建て以上の建物はない。
空を遮るものはなくお天気の良い日は遠くの山々が頂上から山裾まで見えると言っても過言ではない。
台所の窓からは目と鼻の先に大きな花火が上がっているのが見える。あまりにも近くて頭を上げないと見えない。そして花火が散りゆくときの火の粉が自分の頭に降りかかってくるのではないかと思うほどに近い。まるで映画の大スクリーン、その最前列にいるような臨場感だ。
とはいえ花火が何発も連続して立て続けに上がるわけではない。打ち上げ花火の時間は一時間。その間に予算などの都合上、随分と間隔を開けて上がる。全部で十発くらいだろうか。大袈裟に言えば忘れた頃に上がるのだ。
「どーんっ」
この音が聞こえてから見に行ったのでは、花火はもう散り始めている。そう分かってはいても香と悠は走らずにはいられない。その後にお母さんもついて来てその後ろを遅れてヨシばあがとことこと歩いて来る。
ヨシばあが来たときにはもはや色のついた光が線や点になって地面に伸びている。
居間から一直線の廊下。その先にある仏間。その窓から日中に見えるのは田んぼと山々。それ以外の建物はない。風景画のような世界が広がっている。
この日は例年通り隣町の花火大会も開催される。隣町の花火大会は仏間から一直線上に見える。毎年の特等席だ。
「どーん」神社から聞こえるよりは小さい音で花火が上がる音が聞こえる。
「あっ花火だ」悠が仏間のほうへ走る。香もそれに続く。
「どーん。ぱちぱちぱちぱち」花火大会のほうはそれなりに花火が上がる。
「わぁー。お母さーん。花火、花火」悠が目の前の空に広がる花火を指さし急いでとばかりにお母さんを呼ぶ。
きれいなものを見たときやおいしい物を食べたとき、悠はいつもお母さんやヨシばあにも見せたいね、食べさせたいねと言う。
香は悠と一緒にいると実家暮らしでは忘れてしまいそうな大切なことに気づかされる。
「きれいだったね」ひとまとまりの花火が終わってお母さんが言う。
「どーんっどーんっ」地面を揺らすような大きな音。
「神社のほうも上がってる」悠がまた走る。香も追う。
「どーんっ」
「わあ。こっちも最後かな」
夜空に上がる大きな花火。色とりどり。形もいろいろ。煙もしっかり見える。
「どーんっ」
「あ。菊だ」悠が指さす。目の前に広がる菊。空というよりすぐそこの宙に上がっているその迫力に圧倒される。目一杯宙で花開く。そして静かにオレンジ色の太線になる。一つひとつ静かに下に流れ落ちる。
「この花火で最後だなぁ」ヨシばあが言う。神社の花火大会は毎年最後に菊が上がってフィナーレだ。
見るのに間に合ったり間に合わなかったりする花火。それでも香はその時間が楽しかった。なによりヨシばあ、お母さん、悠と四人で過ごす時間が好きなだ。
しかしそれは永遠には続かず花火のように儚く散る。
