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小説|「セレニティ模様」第9話

 眩い朝陽が容赦なくカーテン越しに射し込む。
 香は目覚めて今日が日曜日だと気づく。明日からまたトメさんたちとの暮らし。それに幼稚園通いだ。
目覚めた早々明日のことを考えると気が沈む。幼稚園児も幼稚園児なりに大変だ。幼稚園からこれほどハードモードでこの先やっていけるのだろうかと心配になる。
布団から起きてリビングに行くとヨシばあ、お母さん、悠が朝ご飯を食べていた。
「香。おはよう。朝ごはん食べれ~」ヨシばあがご飯をよそいに台所に行ってくれる。
「おはよう」
悠は早くも食べ終わってジュースを飲みながらテレビアニメを観ている。
「悠、早起きだね」
「ご飯も食べたし二度寝するよ。ふふっ」
「ははっ」香はつくづく悠の要領の良さに感心する。
「お母さん、二度寝しに行く」
「はいよー」悠と八重子が並んで仏間に向かう。
「香。ゆっくりごはん食べれな」ヨシばあが白米とお味噌汁を持ってきてくれる。
「うん」香はいつもテンポが遅い。けれども急かされたことがない。お母さんもヨシばあも気長に待ってくれる。
食卓には朝から焼き鮭、たまご焼き、ウインナー、きんぴらごぼう、と手作りのご飯が並んでいる。
香は焼き鮭を食べ白米も頬張る。焼き鮭のしょっぱさとこの上なく合う。
「おいしい」誰の顔色を窺うことなくただ食事に意識を向けられるしあわせ。味わっておいしいと感じたから、そのままそれを伝えられるしあわせ。
「んだが。えがった」
それからは何を話すでもなくヨシばあは香が食べ終わるまでテレビアニメを観ながら側にいてくれた。この家に遊びに来たときはいつものことだけれど、そっと側にいてくれる。
「ごちそうさまでした」
「はいよ」ヨシばあがお皿を持ち、よっと席を立つ。

ご飯のあとは一人で黙々と塗り絵をしたりパズルをしたり。ヨシばあとおはじきをしたり子どもらしさ全開で過ごした。
香はおはじきが好きだ。ぶつけて遊ぶことよりおはじき一つひとつが綺麗で見惚れてしまう。おはじきの角が柔らかい丸みを帯びていること。ベースは透明。そこにさまざまな色がマーブル状に色づけされているところ。癒される。ただぶつけるだけで取り立てて盛り上がることも少ない。
ハラハラドキドキしない安心感が好きなのか。トメさんとの暮らし、幼稚園通い、日常がハラハラドキドキだからアクティビティ、遊びでそんな経験はいらない、と香は思う。

午前中を思い思いに過ごし、自然と四人が食卓に集まりたわいもない会話をしながらお昼ご飯を食べる。
香はお腹いっぱいごちそうになりお昼寝をする。うつらうつらしてくると眠い以外何も考えられない。至福のひとときだ。

 ハラハラドキドキといえば思い出すエピソードがある。
香は絶叫マシンが怖い。一度乗っただけであんな乗り物二度と乗りたくないと思った。
あれは春休みだった。青空の下、雪解けが進み地面が見えるようになってはしゃいでいた。
お母さんと悠と、それからはとこの実穂(みほ)ちゃんと高穂(たかお)くんと高子(たかこ)叔母さんと一緒に出かけた。動物園に併設されている遊園地。
歩いていると高穂くんが走り出した。
「僕、これに乗りたい!」正面がかわいいトラの顔をした乗り物。ぱっと見ただけではこれがどういう動きをするのか予想できなかった。ジェットコースターのようなコースもなくただ、その乗り物が止まっている。乗っている人も並んでいる人もなく、つまり停止していた。だから実際にそれが動いているところを見ていない。どうやら慎重制限もない。
 だから断る理由がなく香も乗った。
 しかし、かわいい見た目とは裏腹にえげつない動きをした。
前後に進退進しながらどんどんその振り幅が大きくなる。
 高穂くんは貸し切りの乗り物の一番前に乗った。一番前で頭上に人差し指を掲げたりしながらはしゃいでいる。
 実穂ちゃんが三人がけの席に香と悠と並んで座った。
 どんどん高くなる。どんどん速くなる。振り幅が大きくなり勢いづく。いつまでこの振り幅が大きくなるか分からない恐怖。目をぎゅっと瞑っても振り幅が次第に大きくなっていくのが分かる。本当に怖い時「きゃあああー」という叫び声は出ない。目を瞑る強さが増し、つかまる手の強さも増す。どんどん下を向いていたのか掴んでいた手に頭がぶつかった。
 実穂ちゃんが異変に気づく。
 「香ちゃん、大丈夫?」
 「…」
 「すみませーーーーーん。すいませーーーーーん」実穂ちゃんが叫ぶ。
 「止めてくださーーーい」実穂ちゃんの渾身の叫びに係員のおじさんが気づく。香たちを見上げ状況を察したおじさんが手元を操作する。
 そして、その乗り物がゆっくりと速度を落とした。徐々に揺れ幅が小さくなり無事に止まった。
 来場者がまばらな田舎の動物園の一角にある遊園地コーナー。たまたまこの乗り物が香たちの貸し切りだったこと。実穂ちゃんが側にいてくれて香の異変に気付いて止めてくださいと言ってくれたこと。係りのおじさんが状況を見て臨機応変に対応してくれたこと。一つひとつの出来事が重なって幸運にも途中で止めてもらうことができた。香は助かったと思った。
 地上に足がついたときには足ががくがく震えながらも本当にほっとしていた。
香は成長するにつれ自分は運に恵まれているほうだと思うようになる。香の人生においてここぞというときには助けてもらえる出来事が起きるからだ。
 
 「こう。こう?」
お母さんが心配そうに覗き込んでいる。
「右足上に上げて、上げたと思ったらどんっと落としてたよ。汗もかいて。どうした?」
香は夢を見ていたのか、と我に帰る。額からの脂汗がひどい。背中も汗をかいてロンTが貼りついている。
目を開けて部屋を見渡すとそこはヨシばあの家だ。お昼寝から起きたら十五時を過ぎていた。

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