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小説|「セレニティ模様」第21話

 「うん。だいぶ落ち着きましたね。明後日の月曜日小児科で診てもらってください。今日はこれで終わりです」お医者さんが悠の背中ら聴診器を離す。
 「あとは会計のところへ進んでください」看護師さんがカーテンレールを開ける。
 「ありがとうございました」八重子が悠と香の手をつないで一礼する。
 
  *
 会計待ち。八重子を真ん中に香、悠が並んで椅子にかける。呼ばれるまでにはまだ時間が
かかる。月に一、二回のペースで通っていれば勝手を知る。
「何か飲むが?」会計待ちの間、八重子はお菓子だったり飲み物だったりなにかしらを買ってくれる。
 「うんっ」香はひそかにこの時間が楽しみだ。
 「自販機のとこに行こうか。悠は待ってる?」
 「わたしも行く」呼吸音もラクになり顔色もよくなった悠は勢いよく椅子から降りる。
 「香はあの炭酸の飲みたい」
 「あの淡いピンク色のがあ」
 「うん」
 「悠はどうする?炭酸はまだやめておこうか」
 「うん。あのオレンジの飲む」
 「そうするが」
 香と悠には病院の自動販売機で買ってもらうときのお気に入りの飲み物が二つある。某製薬会社のファイブなんとらシリーズだ。百ミリリットルで飲み切るのにちょうどよい。瓶の形は小ぶりな円錐形。一輪挿しにちょうど良さげな可愛らしいサイズ感。ガラス素材のような透き通ったデザイン。
一つは淡いピンク色の炭酸飲料でもう一つはオレンジ色の炭酸なし飲料。味ももちろん美味しい。
お母さんがその飲料二つを持って会計の前の椅子に戻る。椅子に掛けて一つ蓋を開けて先に悠に手渡す。
 「ぷはーーっ。あーーーっ」 
香が隣の悠を見ると目を力いっぱい瞑っておいしさを噛みしめている。
「ふふっ。おいしい?」その姿がなんだかひと仕事を終えた小さいおじさんみたいで香は笑ってしまった。
「おいっしいっ」悠が目を見開く。
「おいっしいっ」その言い方が面白くて香も真似した。子どもながらに言わせてもらえば病院終わりのこの一杯が特別にうまい。
「はははははっ」そしたらもっと面白くなって二人で控え目に笑った。しんと静まり返った院内に笑い声が響き渡らないように気をつける。こんなところが悠と気が合うなと思える。
「山川さーん。山川悠さーん」
 「会計、呼ばれたから行ってくるね。ちょっと待ってれな」
 「うん」そう言って二人とも飲み物をゆっくり味わう。何も話さなくても心地よいのがまた気が休まる。
 「お待たせ。それ飲み終わったら帰るが」八重子がまた椅子に腰かける。
 「飲み終わったよ」
 「香も」
 八重子が自然と二人から瓶を預かり近くの空き缶入れに向かう。
 「んだが、せば行ぐが」八重子が戻って来る。
 八重子と手を繋いで二人は駐車場まで歩く。すっかり夜風が寒い。もうすっかり秋だ。
 夜空を見上げたらまんまるのお月さまが輝いている。そうだ今日は満月だ。今日のお月さまは黄色というより白い明るさでより一層闇夜を照らしているようだ。
 病院に向かっているときは余裕がなかった。けれど今日は満月でいくらか外が明るい気がする。こんな夜も悪くないと思う。
 「このままヨシばあの家に帰るんだったらいいのにね」香はいつもだったら言わないことを口走る。
日中だったら言わない、言えないことが口をつく。明るいときにかかっているリミッターが取り外される。こんなことを言ってもお母さんを困らせてしまうだけという気持ちは変わらないのに。
月夜が照らす適度な暗さ、夜の静寂が妙に落ち着く。病院に向かうときとはまた一味違う感情が湧いてくる。心の中に閉じ込めた思いを吐き出させる。
 「うん」悠はそう言って頷く。
 「どうして車で二十分しかかからないのに、そこで暮らすことはできないの?」香が聞く。
 「ねっ。ごめんな」八重子がまっすぐに前を見たまましみじみと言う。
 案の定困らせてしまった。どうにかこの重苦しくなりそうな空気を払いたくて話題をかえる。
 「今日は満月なんだっけ?月にうさぎがいるらしいけど見えないよね」話しても話さなくてもいいような話を香は始める。
 「見ようと思えばさ、見えなくもないよ。ほら、うさぎがお餅をついている」悠が指をさす。
 「見えないよぅー」
 「頑張って見てみてっ」
 「ははっ。頑張って見るのか。見えるように努力するのか」
 「ははははははっ」さっきまでの暗く寂しい気持ちはなくなって、気づいたら二人で笑い転げていた。悠の考え方とか言い方が面白くて笑いが止まらなくなる。
子どもには変えられない、変わらない環境の中でただやり過ごすしかない暮らしの中でいつも悠に救われている。

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