小説|「セレニティ模様」第27話
とういことで結局、香は家に帰ってきた。手洗いうがいをすませて足早に階段を上る。
そのまま自分の部屋に閉じこもる。いつもの椅子に座る。窓から見える春の陽気さとは裏腹に暗闇が延々と続くトンネルの中から抜け出せないよう気持ちだ。大変な一年になる、と香は固く目を瞑る。
今まではクラスが違うことで会わない日があって何とか耐えられたことが多い。同じクラスになったらもっと監視の目が厳しくなる。私が楽しそうに笑っていると、あいつ笑ってやがるってまた言われるのかな。
何事もなく過ぎたらいいけどそんなことはない。それに中学三年生はとかくイベントが多い。メジャーなものだけでも合唱コンクールに体育祭、そして二泊三日の修学旅行もある。
春休みが終わらなければいいのに。それか中学三年生を終えた未来にワープできたらいいのに。香は残りの春休みそんなことばかり考えていた。
*
黒い影。口元だけが白い人たち。五、六人いるだろうか。その人たちが私を見下ろしている。
「おい。笑ってるんじゃねえよ」
「何楽しそうにしてんだよ」
「こっち見てんじゃねーよ」
「ガンミだから仕方ないか」
「はははははははははっ」
香は飛び起きた。背中に汗をびっしょりかいている。夢か。不吉だけど正夢になりそうな夢。まだ朝の四時だ。
今日は始業式だ。現実に引き戻される。夢も現実も嫌だ。本当は学校になんか行きたくない。
外はまだ暗くてまだ起きるような時間ではなくて安心する。
一度目を覚めてしまうと目を閉じてもいじめられることを考えたり、これまでのように家の中では平静を装っていられるか考えたり、ぐるぐると考えが巡って寝つけない。
少しでも寝よう、何も考えないようにしようと思えば思うほど頭が冴える。
何回寝返りをしただろうか。ついに夜が明けてしまった。カーテン越しにうっすらと明るくなって来ているのが分かる。
逃れられない現実がすぐそこまで来ている。時計を見るのもやめよう。
次第に陽の明かりが強くなってきた。朝が来てしまった。
タタタタタタタッ。階段を上る音がする。ああ。母が来た。
「香。朝だよ」
「うう」私の春休みが終わった。絶望の中学三年生の幕開けだ。
*
中学三年生。青春なんて知らない。ヒエラルキーの一番下でできるだけ目立たないように、いじめる人たちの気に障ることをしないように過ごすことに全エネルギーを注ぐ。
それでもいじめられるものはいじめられる。まさに始業式の朝に見た夢のように。
「笑ってんじゃねーよ」と言われたり
「楽しそうにしていてキモい」と言われたり散々だった。
桑原さんは表向き誰とでも打ち解ける。ヒエラルキーのトップにいる。担任の野山先生とも気軽にお話していて先生受けもいい。だからまさかいじめるような人だとは思わないだろう。
幸い内靴がなくなったり物を取られたりすることはなく、家の人たちにもバレずに何とか中学三年生の四月をやり過ごした。
