小説|「セレニティ模様」第38話
じゃりじゃりじゃりじゃり。車が砂利道を通る音がする。玄関前に車が停まった。
「ただい、まあ」お母さんの声がする。
「おかえり」夕飯の片づけをしていたヨシばあが手を止めて玄関へ向かい八重子を迎える。
「二人ともいだが。いがった」八重子が居間に来て香と悠を確認する。
「夜ご飯先に食べでらったど」ヨシばあがその後をついてくる。。
「ありがとう。手洗ってくるな」
「んだな。ご飯よそっておぐな」
「お母さんはいつもお母さんだったからさ、お仕事終わりもいつもご飯の支度したりしてたから。誰かに準備してもらってるところ初めて見た」悠の目が輝く。
「ねっ。いつも帰ってきたら慌ただしく準備してたよね。それが当たり前になっちゃってた」香も当たり前が当たり前ではないことに気づく。
「うん。お母さんだって帰ってきたらまず一息つきたいよね」
「とりあえずビールみたいに、とりあえず一息っみたいな」
「なんも、おめだが気にすることでねえ」ヨシばあが朗らかに笑う。本当に気にしなくて良いように聞こえるから言葉通り受け取ってしまう。
そんなことを話していたら八重子が来た。
「よいしょ。お邪魔します」
「なんで他人行儀なの。ははっ」悠が笑う。
「ははっ」香もつられて笑う。
「いただきます。どれもおいしそう」お母さんが箸を持つ。
「おいしいよ」悠が間髪入れずに言う。
「ほっぺた落ちるくらいおいしいよ」香が笑う。
「んだが。みんなで食べるどおいしさも増すな」ヨシばあが笑う。そんな和やかな食卓。温かみがある食卓。誰かを思いやる食卓。いつぶりだろうとまたしても香は思う。
*
満天の星空と月。外はその光だけがこの村をそっと包み込む。
「うん。星がきれいだなってそれだけを考えられるって幸せだな」香は首が痛くなるくらい上を見上げる。
「そうだよね。ついつい悩み事とか思いながら見るもんね」悠は香の横にただただ佇んでいる。
「流れ星が来たら絶対お願いごとするんだーとか、そんなことまでさ、がめつく考えちゃってね」
「そのくらい、藁にもすがりたくなるくらい助けてって思ってるっていうことだよう」
「うん」
「二人で星見でらのが」
「あっ。お母さん」
「うん。きれいだなって思って」
「あのね。お母さん。学校行きたくないって言ったの私なの」香がひと思いに言い切る
「んだあ」
「そしたら悠がヨシばあのところに行こうって提案してくれたの」
「ははっ。だから私が行こうって言ったってこの間言った通りでしょ」
「んだなあ。悠の言うとおりだ」八重子が笑う。
「学校でさ、い…い…いじめられてて。それでもう行きたくなくなって」香の目からまたしても涙がこぼれる。本当は「いじめられている」なんて口が裂けても言いたくない。この話をするとき涙がこぼれなくなる日は来るのかと香は思う。
「話してくれてありがとう。よく頑張ったね。頑張った。一人で抱え込ませてごめんな」八重子が香の頭に手を置く。
「お母さん、ただでさえいろいろなこと抱えてるから。これ以上心配ごと増やしたくないし」
「なんも。そんなこと考えねくていい。考えねくていいよっ」八重子が力強く言う。
「ほんとは弱くて惨めだから言いたくなかった。んでもいじめに終わりが見えなくて。何事もなくなんら問題ないですよっていうていで学校行くことできなくなっちゃった」
「香のおかげで私も学校休めてよかった。話してくれてありがとう」悠が言う。八重子が悠の頭に手を置く。
「お母さんがこんなこと言っていいのかなって思うけど悠もヨシばあ家行きの提案してくれてありがとうね。お母さんも気づくの遅ぐでごめんな」
八重子が家の中に戻り悠と香はまだ外気を感じていたくて縁側に腰掛ける。それからしばらくただぼーっと星空を眺めていた。話せたこと、現状を変えたくて一つ行動を起こせたこと、悠がいたからできた。ひと仕事終えたような充足感に包まれた。
