小説|「セレニティ模様」第33話
思いとは裏腹にもうすぐ夏休みが終わる。一週間後には始業式が控えている。
香はカウントダウンの度憂うつになる。
あと六日したら終わる。
あと五日…。
とうとう明日は始業式だ。
香は持ち物を確認してスクールバッグに詰める。忘れ物はない。気持ちだけがついていかない。けれど準備だけはした。背中に変な汗をかいている。眠れない。目を瞑ると桑原さんたちの顔が現れる。何度も寝返りを打ってみてもそれは消えない。
次第に外が薄明るくなってきた。
そして完全にお日さまが顔を出した。朝が来てしまった。
「香、朝だよ」八重子が起こしに来る。
「う」
いよいよ学校に行く支度をしなければいけない時がやってきた。
夏休みという希望が終わってしまった。次は冬休みが希望だけれど途方もなく遠い。学校が燃えていたらいいのに。何か大変な事件が起きてその話でもちきりになって私の悪口なんてほんのちっちゃなことになればいいのに。台風が来て学校が休みになればいいのに。
けれどそんなことはそうそう起きない。
香はおとなしく学校に行く前のルーティンをこなし自転車に乗る。
「気をつけてな」八重子が見送る。
「うん」悠が自転車をこぎ出す。
「う」香はぶっきらぼうに応える。
悠も元気がないように見えるけど悠は昔から自分のマイナスの気持ちを表すことを後回しにする。喜怒哀楽の内、喜と楽は率先して表してくれるのに。
通学路では何も言葉を発さないまま悠が先、香が後に、一列になって進む。学校なんて楽しくない。つらいところだ。それなのに自転車を一生懸命漕いで向かうなんて。このまま悠と学校ではないところに行けたらいいのにな。
と思いつつしっかり足は学校に向かう。学校に着くと香と悠は下駄箱までは一緒でそこで別れる。悠が小さく手を振って教室に向かう。香も小さく手を振り返す。
内靴があることにほっとする。朝に下駄箱をみるときに緊張が走る。なかったらどうしよう。画鋲が刺されていたらどうしよう。心配は底を尽きない。
「ガンミきたよ」桑原さんが顎で指さす。
「よく来れるよね」子分たちが不敵な笑みを浮かべる。
一瞬で夏休み前を思い出して暗澹たる気持ちになる。そのまま下を向いて席に座る。夏休みくらいの期間では時間は何も解決しない。
学校なんて来たくなかったのに。もう帰りたい。先生が来るまでの休み時間などの時間が嫌で嫌で仕方がない。
*
始業式、悠と一緒の帰り道。帰りはいくらか香の緊張が解ける。
香と悠は田舎道を並走する。車道と歩道の境のない道。交通量はほとんどない。
「ふうーっ」香は深く深呼吸する。
「悠、あのさ」
「うん?」
「あのさ、私ね。い…いじめられてるの」言葉が風に乗って運ばれる。
悠が香を見る。香は視線を感じるけれど見返すことができすにいる。
「いつものところで休んでいかない?」
「うん」
そのまま二人は無言で自転車をこぎ続けた。
田んぼばかり広がる場所。その一角にベンチがある。そこに腰掛ける。
「あのね。あのね…」香がもう一度言おうとする。
「うん。さっき聞いたよ。つらかったよね」
「うん。それで。悪いんだけど困らせたくないからお母さんたちには言わないでほしい」
「わかった」悠ははっきりとそう言って前を見ている。
「私とふたごだから悠にも危害が及んでいたらごめん。こわくて今まで聞けなかったけど」
「大丈夫だよ。…人を落として自分たちが安心する人たちが多いよね」
「ごめんね。何か嫌なことされてない?」大丈夫って言わせてごめんねと言おうとしたけど言えない。
「…いつもからかわれているよ。言い返せたらいいけどそれもできない」
「悠も耐えていたんだよね。何もできなくてごめんね。からかうのは桑原さんたち?私のことをいじめるのは桑原さんたちのグループだから」
「私のほうは底意地のわるい男子グループ。いつも人のことばっかり話している人たちだよ」
「そっか。悠も大変なのに私ってば自分のことで精いっぱいで。ごめんね」
「ううん。話題にしていいのかすら悩むもんね。話してくれてありがとう」悠が空を見上げる。
「…明日さ、学校行くの嫌だな」香が切り込む
「そしたらさ、自転車でヨシばあの家に行ってみる?」
「えっ。うんっ。でも悠はいいの?」
「うん。もちろん」
「えっ。なんか久しぶりに心が躍ってきた」香の顔から笑みがこぼれる。
