小説|「セレニティ模様」第49話
やりきれない気持ちで過ごす日々。大学進学を応援してもらっている家庭が羨ましくて仕方がない。
でもつらいことばかりではない。
高校二年生の秋といえば修学旅行。今日から二泊三日だ。中学生のときと比べたら雲泥の差でうんと気が楽だ。少なくとも辛いほうに分類されない。同じ「修学旅行」という文字でもそれに抱く感情は違って、こうやって記憶は塗り替えられていくのかもと香は思う。楽しい思い出で上書きできたらいいな。そして上書きで嫌な思い出に蓋をするだけじゃなくそれもまた意味があったと振り返れる日が来たらいいな。
莉緒ちゃん、慶ちゃん、歩ちゃん、とは進級してからも同じクラスでほっとした。そして修学旅行の班も一緒になれた。
今日は特別に電車ではなく車で送迎してもらって各自学校に向かっていいことになっている。
「おはよう~」莉緒ちゃん、慶ちゃん、歩ちゃんが順々に到着した。みんなが来れたことに香はほっと胸をなでおろす。
「おはよう」それなのにそんな気持ちをおくびにも出さないようにクールで冷静な態度をとってしまう。
「たのしみだねぇえ」ムードメーカーの莉緒ちゃんが語尾を上げて言い三人を見る。香は莉緒ちゃんのこうやって素直に気持ちを伝えられるところを尊敬している。
「うん」歩ちゃんもすぐに頷く。
「ねぇえええ」慶ちゃんが語尾を上げた言い方を真似して少し大げさに言う。
「はははははは~」みんなで同時に笑う。友だちとのこのなんてことない時間がこんなに楽しくて嬉しいなんて、香は高校生になって初めて知った。
笑ったら自然と顔が上を向く。そしたら澄んだ青空が広がっていた。青空の中に白い雲が浮かんでいる。
自分の気持ちを素直に話して馬鹿にされたり傷ついたりするのが嫌で心に閉じ込めてしまう。嬉しい感情や感謝とか臆病にならずに話せたらな。もっと素直になれたらいいのに。このグループにいると自然とそう思う。
ぎすぎすした感じもマウントをとる感じも誰か一人をターゲットにしてちょっかいをかける人もいない。この環境が香の神経を休ませてくれる。
*
この地方で高校生の修学旅行の定番と言えば京都、奈良、大阪だ。
京都で金閣寺を見たときは
「金色だねえ」
銀閣寺を見たときは
「銀色じゃないんだねえ」とありがちな感想を話した。
奈良で鹿を見た時は
「わあ、怖い」と餌に群がってくる鹿に怖気づき、えいやっと一気に餌をまき散らし、鹿が餌に向かう隙に逃げた。かわいいと思っていた鹿も実物はそれなりに勇ましさがあった。
大阪にある有名なテーマパークに行ったときは、ローラーコースターに乗りたい、乗りたくないを経て
「きゃああああー」慶ちゃん、莉緒ちゃんが楽しんでいるのを香と歩ちゃんは地上で眺めた。
ざっとメインイベントをまとめるとこんな感じだ。移動中も自分が監視されているとか悪口を言われているとか、嫌な人に会ったらどうしようなどと神経をすり減らさずに過ごせた。安心してたのしめた。一緒に思い出をつくってくれてうれしいなと思った。
写真の中の私もたのしそうに笑っていて、自分ってこんな風に笑うんだと香は思った。
*
それから幸運なことに、高校生活では、いじめをする人のほうが退学していった。
中学生の頃、自分の所属するグループ以外の低く見ていたグループを小ばかにする男子がいた。存在に気づかれれば馬鹿にされるからできるだけ合わないように気配を消すように過ごしていた。
その男子と同じ高校になった。いやだなと思っていたら、その男子のほうが馴染めず、いつしか浮いた存在となり、今までとは違う雰囲気に嫌気がさしたのか、その男子ともう一人仲の良いいじめっこが一緒に退学した。
狭い田舎では遊ぶ場所、過ごす場所も限られる。ある時、道路沿いの下り坂を自転車で爆走している二人をみた。危ないことをして笑っていて変わっていないなと思った。ただそれだけの感情で、高校を去ってくれてありがとうとすら思った。
そんな感じで高校二年生の秋にもなると、そういう人たちは淘汰された。幸運なことだったと思う。
そんなこんなで度を超えた悪ふざけや誹謗中傷する人はいなくなったといっても過言ではない。
